鳴門(林崎遊廓跡地)近世から続いた遊廓

林崎遊廓の起源は、近世末の商人船の多く出入る湊が賑わっていた頃にさかのぼります。松富楼、玉川楼、改進楼、菊水楼、村上楼、金時楼、喜楽楼、丸山楼、衆景楼、がありました。*1

現在、遊廓地の面影はありませんが、所々に大型の民家が残っています。

「一心」という屋号だった建物。*2

昭和4年の市街図*3によると、遊廓地は、道路を超えた東側にも広がっていたようです。(写真奥は撫養城)

林崎遊廓 遊廓·遊里跡 鳴門
■参考文献
*1西田素康: 撫養港の「みなと文化」 (みなと総合研究財団,) ···外部リンク···

P.88-22-P.88-24 遊里・料亭 廓 撫養港そばの林崎遊廓の起源は、近世末にさかのぼる。鳴門市史上巻 …

■参考文献
*2善隣出版社: 徳島市・鳴門市 1960 (日本住宅地図出版,1960)

P.80 旅館陣幕、旅館高松、多田席、スタンド国の山、清光亭、旅館春風館、の記載。

■参考文献
*3東京交通社: 大日本職業別明細図 徳島縣及徳島縣 第164号 (東京交通社,1929)洲本町 撫養町 福良町 板西町 板東町 堀江村

撫養 林崎花街 長亭、淀川、検番、〇安亭、柳本、松廻家、いづか、うきよ、八木、清光座、陣幕支店、みよし野、高松 …