門司(三宜楼)平成26年3月改築

門司の清滝地区にある三宜楼は、この付近が花街でった頃の料亭でした。*1

五メートルほどの高い石垣の上に築かれた木造三階建ての和風建築です。*1

最近になり建物が改築され、一般公開されています。

入口付近。

■カテゴリ 花街·花街跡 門司 門司花街

■参考文献
*1羽原清雅: 「門司港」発展と栄光の軌跡 (書肆侃侃房,2011)夢を追った人・街・港

P.43-P.50 1906年(明治39年)6月16日付の門司新報の紙面に「三宜楼」(さんきろう)の記事。 「 …

門司(双葉券番跡)錦町公民館

今回は、門司(北九州市門司区)の町並みを散歩します。
門司区本町にある錦町公民館。

錦町公民館は、かつての双葉券番の建物でした。12

歴史を感じる玄関。

内部の様子。

■カテゴリ 花街·花街跡 門司 門司花街

■参考文献
*1羽原清雅: 「門司港」発展と栄光の軌跡 (書肆侃侃房,2011)夢を追った人・街・港

P.48-P.49 いまの三宜楼の建物からごく近くに錦町公民館があるが、ここはかつて二葉券番があったどころだ。 …

小倉(旦過市場付近の飲食街入口)鍵の手に曲がった路地

今回は、小倉(北九州市小倉北区)の町並みと風俗を散歩します。
小倉北区の旦過市場付近にある映画館の昭和館があります。「昭和館1」「昭和館2」の2館からなっています。

昭和館の近くに、旦過市場入口があります。塀に、見取り図が描かれています。稲荷神社脇の入口から入ると飲食店街があって、その向こう側が、旦過市場です。

新旦過街の入口の稲荷神社。

鍵の手に曲がった路地を進むと、新旦過街です。

行橋(狛犬のエロス)清地神社

JR行橋駅から平成筑豊鉄道田川線で3つ目の駅の豊津で下車。そこから徒歩10分の行橋市天生田(あもうだ)に、清地(すがち)神社があります。
参道、一ノ鳥居の前に一対の狛犬が奉納されています。前肢を曲げて玉の上にのせているという容姿のもので、高さは1メートルぐらいです。

向かって左側の吽(うん)像(口を閉じている方)の股間には、20センチ程の男根が刻まれています。*1

向かって右側の阿(あ)像(口を開いている方)。

阿(あ)像の股間には、長さ4センチの陰物が刻まれています。*1

【参考文献】
*1 阿部通良:九州性崇拝資料(私家版,1963)P.241-P.242

■カテゴリ 性神 行橋

■この記事を参照している記事

行橋(見番跡地)かつて、50名ほどの芸者がいました。

今回は、行橋(福岡県行橋市、ゆくはし)の町並みと風俗を散歩します。
行橋は、JR小倉駅からJR日豊本線で約15分のところにあり、JR行橋駅からは、平成筑豊鉄道田川線で田川と結ばれています。
行橋の近・現代においては、筑豊の石炭・炭鉱とのかかわりが大きく、筑豊への農産物や坑木が供給されました。また、筑豊の炭鉱関係者にとっての保養地としての役割もあり、行橋には、かつて券番があり、50名ほどの芸者がいました。客は、地元の商店主や地主ばかりでなく、上客は田川の炭鉱主でした。*1
昭和10年発行の市街図によると、券番は、現在の行橋市大橋3丁目付近にありました。*2
付近には、割烹料亭があります。かつての名残かもしれません。

市街図*1 「芸妓券番」の記載があるのは、この路地の先の角のあたり。

道幅が急に狭くなって、鍵型に曲がっています。

角を回り込んだあたり。裏門のあるお宅。

【参考文献】
*1 山内小二:地方史ふくおか(2007.2.28)P.8-P.9「筑豊の炭鉱と京築 隣接地とのかかわりを見る」
*2 東京交通社:大日本職業別明細図(東京交通社,1937)第444号 福岡県

博多(石堂川沿いの風景)バラック群跡地

石堂川沿いには、戦後、大規模なバラック群がありました。*1

「電柱歴史案内」によると、第二次大戦敗戦直後、大陸へ帰ろうとする人々が続々と博多港へ終結してきました。ところが、米国とロシアによって二つの祖国(韓国と北朝鮮)が成立。それに続く朝鮮戦争の混乱によって帰国を諦めた人々は、再び日本各地へ散っていきましが、そのままこの地に残った集団もあって、昭和30年代まで巨大な難民キャンプの様相を呈していました。この石堂川を挟んで、西岸に韓国系、東岸に北朝鮮系と一応のすみわけがありました。

石堂川東岸に隣接して、大津町商店街という日本人商店街がありましたが、商店街の中には、朝鮮系食材を扱う店が数軒ありました。大津町商店街は、その後再開発により「博多せんしょう」という商業施設に移転しましたが、その際、いくつかの店舗は「博多せんしょう」前の道路に面したところに店舗を構えました。*1

闇市時代からある飲食店。*1

【参考文献】
*1 島村恭則:〈生きる方法〉の民俗誌(関西学院大学出版会,2010.3)P.61,P.66,P.125-P.128

博多(須崎問屋街周辺)円柱の柱を持つ建物。

須崎町の須崎問屋街周辺には、古い商業ビルが残っています。その中で、茶色のタイルの円柱を持つ建物は、異彩を放っています。

かなり太い円柱です。問屋を営んでいた建物でしょうか。

こちらは、ゲストハウスを営む店舗。茶色の円柱が見えます。

飲食店の建物の玄関部分の装飾。

博多(大浜の赤線跡)タイルで装飾された建物

今回は、博多(福岡県博多区)の町並みと風俗を散歩します。
前回*1 訪問した「大浜」の赤線跡を再び散歩します。
繊細なタイル使いをとどめるお宅。両隣はマンションです。*2

玄関部分の装飾

タイルで装飾された丸窓。

建物の細部にわたって、タイルの装飾が施されています。

【参考記事】
*1 風俗散歩(博多):大浜の赤線跡(2012.11)
【参考文献】
*2 木村聡:赤線跡を歩く2(自由国民社,2002)P.37

中洲(南新地)和風の建物

今回は、中洲(福岡県福岡市博多区)の町並みと風俗を散歩します。
「南新地」は、中洲エリアの南端に位置し、戦前は、料亭や待合が密集する歓楽街でした。*1
現在もバス停に「南新地」の名が使われています。

現在の南新地は、九州随一のソープランド街ですが、わずかに料亭だったと思われる和風の建物が残っています。

高い塀が長く続きます。

南新橋を渡ったところに残る和風の建物。

【参考文献】
*1 咲山恭三:博多中洲ものがたり 後編(文献出版,1980)「戦前の中洲(南部)詳細地図」

飯塚(だるま湯)木製のロッカー

新飯塚駅西側のバスセンター前の大通りを西へ進むと、細い路地が斜めに交差する場所に行き当たります。

路地を下ったところに、銭湯のだるま湯があります。

大きな暖簾。

脱衣場のロッカーは木製です。扉には、漢字で番号が書かれています。

■カテゴリ 銭湯 飯塚