倉敷(物もらいお断り)川西町

旧遊廓街の川西町の民家に、「押売り、物もらい、寄附行為お断り」のプレートがいくつか残っています。

別のお宅で見かけた同じ内容のプレート。

防犯連絡所のプレートが貼られたお宅があります。

防犯連絡所のプレートの下部。「押売り等の強要その他防犯上お困りの方はご連絡下さい。」と書かれています。

倉敷(倉敷遊廓跡地)本通りと南通りの

倉敷の川西町は、明治4年に宿場から遊廓になり、昭和5年には、貸座敷が17軒、娼妓は113人でした。このころには、カフェー、飲食店、射的場、貸本屋などがあり、傘屋、洗濯屋、紺屋、菓子屋、提燈屋などもあって、職人町という一面も持っていました。*1

昭和3年の「倉敷市新地図」*1 によると、本通りと南通りと新道路に囲まれた場所に「遊廓」の記載があります。

本通り。写真左側に妓楼と思われる建物*2 があります。

奥行のある建物。

【参考文献】
*1 倉地克直,山本太郎,吉原睦:絵図で歩く倉敷のまち(吉備人出版,2011)P.24-P.25,巻末「倉敷市新地図」
*2 風俗散歩(倉敷):川西町の遊廓跡(2010.5)

倉敷(白ポスト)手作り感満載

今回は、倉敷(岡山県倉敷市)の町並みと風俗を散歩します。
水島臨海本線の倉敷駅。自販機とベンチが並んでいます。

自販機の脇に空き缶入れ。その隣に白い箱。

近づいて箱の上面を見ると、白ポストであることが解ります。

手作り感満載の白ポストです。

岡山(駐車場の風俗看板)田町

岡山市の田町付近は風俗店が散在するエリアです。通りに面した駐車場には、数多くの案内看板を目にします。

駐車場の入口のゲートの隣に、屋根付きの案内看板。

風俗店の案内をゆっくり見ることができます。

夜の様子。無人の風俗案内所のような感じになります。

岡山(ことぶき食堂)〆オムライス

今回は、岡山(岡山県岡山市)の町並みと風俗を散歩します。
岡山駅前商店街の昭和レトロな食堂「ことぶき食堂」。

店内の棚には、岡山の地酒「賀眞」の瓶が3本置かれています。

さっそく日本酒を注文。棚に置いてあった一升瓶でコップに並々とついでくれます。店内のガラスケースからセルフサービスでおかずやおつまみをチョイスすることもできます。

食堂飲みは、オムライスで〆ます。

■カテゴリ 岡山 食文化

牛窓(寿司勝)元遊女屋の「恵比寿屋」

牛窓の関町にある「寿司勝」。バスターミナルの正面に位置します。地元の方の話によると、この建物は、元遊女屋の「えびすや」で、隣の「照月楼」の建物がつながっていて、3階建の照月楼を2階建てに改築する際に、この建物も2階建てに改築したそうです。
明治3年頃の「遊廓畧図」*1 を見ると、この場所に「恵比寿屋」の記載があります。

店内。

各種定食は650円。こちらの刺身定食は980円でこの豪華さ。牛窓の地酒「千寿」もいただきました。

夜のメニューもリーズナブルです。

【参考文献】
*1 刈屋栄昌:牛窓夜話 前編(牛窓郷土研究会,1958)P.49

■カテゴリ 牛窓 食文化

牛窓(元「照月」)改築前は3階建の遊女屋

地元の方の話によると、こちらの家は元遊女屋の「照月」で、改築前は3階建の建物*1 だったそうです。

関町には、このような3階建の遊女屋がありました。*1

2階の欄干部分に、当時の名残があります。

広場に面した側。

【参考文献】
*1 谷沢明,正本写真館:あるくみるきく(231号,1986.5)特集 習俗の表情2-牛窓の写真館 P.7の写真

牛窓(遊女屋の跡地)敷地の裏側は海

「割烹旅館川源」の山側の通り。


ここには、かつて「碇屋」という屋号の遊女屋を営んでいた家(二階の欄干や座敷の書院窓などに当時の名残)がありました。*1
現在、建物は取り壊されて更地になっています。

遊女屋だった建物は、その後、櫓(やぐら)屋に転用されました。当時、造船業が栄えた牛窓の町には6軒の櫓屋がありました。*1

敷地の裏側は海です。櫓屋となってからは、材料や製品の出し入れを海側から行いました。*1

【参考文献】
*1 谷沢明:瀬戸内の町並み(未来社,1991)P.419,P.439

牛窓(川源別館)旧「角市」

牛窓に女郎屋が誕生し、花街がいつ頃できたか、今のところこれを立証する文献はないが、曲直瀬玄朔(まなせげんさく)の「医学天正期」に戦国大名の宇喜多直家が、梅毒で苦しみ療養したことが記述され、これは倭寇が異国から牛窓に移入したものだと説いており、牛窓が日本花柳病の根源地だと指摘しているから、その頃牛窓にはすでに女郎屋があったと推察されます。明治時代の下行場の遊廓は、東側の角市、北側の奈良亀、福本屋、玉津屋、西側の小野屋、山松の6軒でした。そのうちの角市は、現在の「川源別館」です。*1

南側から。

川源別館は、割烹料亭として営業中です。

裏側の木戸。風情があります。

【参考文献】
*1 刈屋栄昌:牛窓風土物語(牛窓郷土研究会,日本文教出版 (製作),1973)P.21,P.64

牛窓(白ポスト)バス停脇

今回は、牛窓(岡山県瀬戸内市)の町並みと風俗を散歩します。
牛窓を岡山を結ぶバスの発着所は、海に面した四角い広場になっていて、昔、「下行場(げきょうば)」といわれたこの広場は、藩主や朝鮮信使が上陸する際に使われた場所で、港が賑わっていたころの町の中心でした。*1

バス停の脇に設置されている白ポスト。ドラム缶を改造して作られたものと思われます。

ポストの上部には、円錐形の屋根が取り付けられています。

手作り感のある投函口。

【参考文献】
*1 谷沢明:瀬戸内の町並み(未来社,1991)P.400

牛窓(遊女屋の跡地)敷地の裏側は海

「割烹旅館川源」の山側の通り。

ここには、かつて「碇屋」という屋号の遊女屋を営んでいた家(二階の欄干や座敷の書院窓などに当時の名残)がありました。*1
現在、建物は取り壊されて更地になっています。

遊女屋だった建物は、その後、櫓(やぐら)屋に転用されました。当時、造船業が栄えた牛窓の町には6軒の櫓屋がありました。*1

敷地の裏側は海です。櫓屋となってからは、材料や製品の出し入れを海側から行いました。*1

【参考文献】
*1 谷沢明:瀬戸内の町並み(未来社,1991)P.419,P.439