神田(みますや)日本最古の居酒屋

神田小川町の靖国通りから南へ入ったところにある「みますや」。創業は、明治38年、現存する東京の居酒屋では最古といわれています。看板建築の建物は、昭和3年のたてものです。*1

昭和の雰囲気が残る店内。

昼間はランチ営業です。ごはんの大盛(100円)は、ものすごいボリュームです。

夜になると、居酒屋の営業が始まります。

神田(更地の隣の3階建てのビル)神田小川町2丁目

神田小川町2丁目のビル街。写真右手前は、以前のビルが取り壊され、建て替え予定となっている更地です。

更地の隣の3階建てのビル。正面から見ると2階建てのように見える点は、看板建築の特徴を有しています。

少しだけ3階部分が垣間見えます。

更地の方向から見た建物の側面。

神田(多町の看板建築)豆腐店

神田多町周辺は、神田川と日本橋川まれ、この2つの川の水運により食料も集まりやすうい立地から「やっちゃば」と呼ばれる青物市場ができきました。「越後屋」は創業明治末。市場で買った荷物を揃え、配送する権利を持っていました。*1

正面部分のみ銅板が貼られています。

建物の奥を見ると、3階建てであることがわかります。

逆方向から。

神保町(スマトラカレー)大正13年創業

神保町の靖国通り沿いにある「スマトラカレー」は、大正13年創業の老舗カレー店です。*1

明治の末、広く東南アジアに遊び知見を広めた伊藤友治郎氏より、スマトラ島のカレー の作り方を教わり、日本人の口に合う様アレンジしたのが、共栄堂のカレーです。※1

ポークカレーとビールを注文。

デザートの焼きリンゴ。

神保町(神保町シアター)「女たちの街」名作上映中

今回は、神保町の町並みを散歩します。
神保町シアターは、古い邦画を中心に、上映している映画館です。

今月は、「女たちの街」と題し、色街、花街、ネオン街の名作17作が上映されています。

今回、鑑賞したのは、「赤坂の姉妹 夜の肌」川島雄三監督の昭和35年の作品です。

館内の壁面。

神田明神下(開化楼跡)高楼がそびえたっていました。

かつて男坂の途中には、料亭「開化楼」の高楼がそびえたっていました。*1

現在、男坂の途中には、オフィスビル「KAIKA」が建っています。

料亭「開化(新開化)」があったたり。

料亭「開化」の前には、神田芸組合の事務所が建っていました。*1
写真奥は、神田川本店がる方角です。※1

神田明神下(神田川本店)かつての花街のころの雰囲気が残っています。

神田明神下の南側の一画にある神田川本店。美しい黒板塀のある老舗料亭です。

創業は文化2年。代々受け継がれている辛口のタレは、江戸幕府の賄い方だった初代が万世橋の際で開いたときからのものだそうです。*1

神田川本店の裏手の路地。このあたりは、かつての花街のころの雰囲気が残っています。

現在は、神田川本店の倉庫となっている一画。

神田明神下(花街跡)講武所芸者

かつて、神田明神下同明町に花柳界があって、この三業地を俗に講武所、ここの芸者を講武所芸者と言いました(講武所とは、幕末に創設された幕府の武術教育所のこと)。*1
花街のことを「講武所」と呼んだのは、
・講武所の運営費捻出のため、現在の秋葉原駅の万世橋通り付近の土地を町屋に編入して地代を取るようになり、安政期(1854-59年)にこの地に芸者が姿を現したため、講武所芸者と称されるようになった。*2
・旗本、御家人などの二男・三男が武芸鍛錬のため講武所へ行くと言って家を出てここで遊んでいたとか、客に講武所の生徒が多かったため、*1
など諸説あります。
また、明治3年)頃に、芝居茶屋が出現し、同時に草分け芸者が生まれ、花街となった。*3 とする説もあります。
男坂の通りの北側の通りにある料理屋。右側の建物もかつての料理屋です。

料理屋「あら喜」
元料理屋の建物。

「章太郎」は、明神したの艶っぽさを残す名店です。*2

神田明神下(御茶ノ水駅)川沿いの4階建て

今回は、神田明神下(東京都千代田区)の町並みを散歩します。
JR御茶ノ水駅の東側。神田川に架かる聖橋からみたJR総武線、JR中央線、地下鉄丸の内線が立体交差します。ずっと眺めていても飽きない景観です。

昌平橋から聖橋方面の遠望。

川沿いに4階建ての建物が建ちならんでいます(JR御茶ノ水駅より)。

ビリヤードの建物。

秋葉原(ガールズバー)駅近く

秋葉原の昭和通り沿い。1本入った通りには、ガールズバーやカフェバーなどがひしめいています。

上から下までガールズバーがはいるビル。

秋葉原駅南口。最近、アダルトビデオ製作会社が運営する居酒屋がオープンしました。

立ち飲み屋。

 

秋葉原(ビデオ店)車窓から見える張り紙

今回は、秋葉原(東京都千代田区)の町並みを散歩します。JR秋葉原駅の東側の昭和通り沿いは、裏秋葉原とも言えそうなエリアです。ビデオ店の巨大看板や風俗店の派手な看板が密集しています。

レトロな雰囲気のビデオ店の看板。

ビルを見上げると、はるか上方に張り紙。写真左側は総武線の高架です。

総武線の車窓から。張り紙がよく見えます。

神田須田町(メイドカフェ)大人の遊園地

2000年代初め、秋葉原に続々と開店したメイド喫茶は、現在も盛況です。秋葉原から神田川を渡った神田須田町にもメイド喫茶の店舗が進出しています。
写真の店は、1階がバーで、地下1階がアニソン(アニメソングのこと)専門のカラオケ店。

同じく神田須田町のメイド喫茶。

コスチュームの展示・販売。

「大人の遊園地」がコンセプトのメイド喫茶。

神田須田町(ラジオガァデン)万世橋

万世橋近くにあるラジオガァデン。その名の通り、電機部品の店舗です。かつての秋葉原のガード下を思わせる光景です。

ラジオガァデンの中になる飲食コーナー。肉の万世の直営店です。

生ビールを注文。写真左側のかつサンドは、見本品です。;

店内には、肉の万世の開業当時の写真は、当時の秋葉原の写真が展示されています。

神田須田町(木造3階建ての建物)正面は2階建て

関東大震災以後の商業建築の多くは2階建てで、3階部分に屋根裏部屋を持つものが多く、これは木造3階建ての禁令をクリアするための抜け穴的構造でした。*1
神田須田町では、看板建築のような奇抜なデザインの商業建築以外にも、この「一見2階建て、実は3階建て」の建物を見かけます。

写真の建物は正面から見ると2階建てですが、横から見ると3階建てであることが解ります。

こちらも、一見何の変哲もない2階建て。

横から見ると3階建てです。

神田須田町(自販機ビル)

神田須田町の「肉の万世秋葉原本店」の東隣にある狭小建物。1階に多数の自販機が並んでいます。

珍しいポップコーンの自販機。

中身が不明な怪しげ商品も販売されています。

看板。

神田須田町(「たばこのむな」の注意書き)京浜東北線の高架下

神田須田町の京浜東北線の「第一柳町橋高架橋」。

高架下が倉庫のスペースになっています。

「たばこのむな」の注意書き。
最近は使われなくなりましたが、昔は、たばこを「のむ」という言い方が使われていました。

南隣の「平永町橋高架橋」。こちらは、「禁煙」の注意書きです。