豊川(小松屋の小路)レトロな佇まい

飲食店「みほ」がある小路※1 の1本西側の小路。
料理屋が2軒並んでいます。

料理屋の「小松屋」。

レトロな佇まいです。

小路(写真左側)の裏側は広い駐車場になっています。写真の右側は、飲食店「みほ」※1 がある小路に連なる建物の裏側。

豐田(「観月境」跡地)月見町という地名にその名残

拳母(現在の豊田市のこと)には、カフェー(いわゆる特殊飲食店)が集団的に一画を形成していました*1。
特殊飲食店街は「観月境」と呼ばれ、昭和33年の赤線廃止まで続き、最盛期には、80~90人ほどの女性が働き、午前1時ころまで営業していました。現在では月見町という地名にその名残があります。*2

現在の月見町。

当時の屋号*3 を引きつぐビジネスホテル。

赤線廃止直後の1965年の住宅地図*4によると、旅館小楽があったのは、現在のビジネスホテルがある場所の1本北側の通りでした。


■カテゴリ 赤線·私娼跡 豊田
■散歩事典 豊田
■参考文献
*1愛知県警察史編集委員会: 愛知県警察史 第3巻 (愛知県警察本部,1975)

P.392 第四九表 カフェー(いわゆる特殊飲食店)の営業地帯形成状況

*2名古屋郷土出版社: 写真集 豊田いまむかし     (名古屋郷土出版社,1989)

駅西を望む(昭和30年頃) 遊廓「観月境」の写真。8軒ほどの2階屋。 昭和33年の赤線廃止までこの地にあった。 …

*3豊田市郷土資料館: 挙母 資料集(豊田市文化財叢書) (豊田市教育委員会,1995)資料にみる明治大正昭和のあゆみ

公共建築物調書 P.120 特殊カフェ20軒の屋号の記載。 小楽、福本、寸楽、第三小楽、江戸川、遊楽、第二小楽 …

*4ゼンリン: *豊田市・高岡・猿投(1965年) (ゼンリン,1965)

P.28 ・月見町2丁目に、「旅館小樂」「旅館深川」「旅館寿」の記載。

豊田(「喜楽亭」跡)昭和57年に移築

その建物が豊田産業文化センターの敷地に建っている喜楽亭。新明町にあった喜楽亭※1 が閉店後、移築されたものです。*1

創業は明治時代。贅を凝らした料理屋の建築を間近に見ることができます。*1

2階部分。

建物の前の庭園を含め、周囲を一周できます。


■カテゴリ 花街·花街跡 豊田
■散歩事典 豊田
■参考文献
*1新修豊田市史編さん専門委員: 新修豊田市史 17 (別編 民俗Ⅲ) (豊田市,2017)

P.90 工場や商家が集まるマチでは、商談や宴会などの場が必要であり、独特の接客文化が形成された。その舞台は料 …


■参考記事
■この記事を参照している記事

豊田(花街跡)神明町

今回は、豊田(愛知県豊田市)の町並みを散歩します。
昭和40年頃の拳母(現在の豊田市街)には「喜楽亭」「魚十」「澤屋」「福好」「喜多善」「大見屋」「魚兼」「住吉」「くろ猫」「清こま」などの料理屋がありました。*1
豊田市街の神明町には、小料理屋、小料理屋兼旅館が軒をつらね、格子づくりの置屋が何軒もありました。*2

喜楽亭があったあたり。*3*4

いちらく(一楽)、タクシーの黒船などがあった新明町の通り。*2*4

袋小路には、数えきれないほどの芸者置屋、稽古場があったそうです。*2


■カテゴリ 花街·花街跡 豊田
■散歩事典 豊田
■参考文献
*1新修豊田市史編さん専門委員: 新修豊田市史 17 (別編 民俗Ⅲ) (豊田市,2017)

P.90 工場や商家が集まるマチでは、商談や宴会などの場が必要であり、独特の接客文化が形成された。その舞台は料 …

*2野沢昌樹: 挙母下町を歩く (出逢い叢書 四) (野沢昌樹,1993)

《神明または神明町》 神明町は、挙母の脂粉・歓楽の町であった。小料理屋、小料理屋兼旅館が軒をつらね、格子づくり …

*3豊田市商工課: 豊田市商工名鑑 1960 (豊田市,1960)

・合資会社喜楽亭(神明町一ノ一)の記載。

*4ゼンリン: *豊田市・高岡・猿投(1965年) (ゼンリン,1965)

P.10 ・つばめクリーニングの南隣に「ガレージ喜楽亭」の記載。 ・拳母劇場の南側、新明町二丁目の通りに、「い …


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