松本清張文豪文芸春秋新社1974
P.44-P.45
逍遥がおセンさんといっしょになったのは二十八歳の秋、それからそろそろ初期鬱憂現象の神経衰弱がはじまり、三十歳になると神経衰弱が重くなって、三十一歳で小説の筆を断つという第一回の完全な鬱憂の時代になる。花街の女と結婚した明治の顕官などの例はないではない。けれど、遊廓の遊女といっしょになったのは逍遥だけです。芸者よりも遊女のほうが低くて卑しくみられていたですからな。そのために自ら求めて随分苦労している。逍遥が早稲田中学校の教頭を押し付けられてはじめ逃げ回ったのも同校の校長をすぐに辞職したのもお女郎上がりの細君を持っていたからです。