武揚堂編集部: あの日の日本橋 (武揚堂,2007)昭和25年から30年代の思い出と出会う : 地図と写真でたどる (地図物語)

付録地図(火災保険地図)に昭和初期の町並みの記載。 ・料理店「浮舟」

 白石孝: 日本橋街並み繁昌史 (慶應義塾大学出版会,2003)P.11,P.27

P.11 日本橋の南詰から中央通りを高島屋・丸善の方向にむかった町々は、江戸市街造成期からの古い町であ…

 町田忍: 銭湯遺産 (戎光祥出版,2008)

P.85 昭和初期の建築で、外観、脱衣場をほぼ新築時の姿のまま残す貴重な銭湯である。正面は堂々としたむ…

P.15 現在の高田馬場2丁目19−8に料理「海の家」の記載。

 富田英三: 新東京百景 (スポーツニッポン新聞社出版局,1975)

P.100-P.101 《高田馬場》一級騒音地 騒音地なればこそ繁盛する、飲み屋に焼き鳥、ラブホテル 国電山…

 朝日新聞社: 朝日新聞 (朝日新聞社,1950.10.4)高田馬場に“湯の街”・地元や早大は大反対

国電高田馬場駅付近に、“湯の街”を作る計画が向島“ハトの街”の経営者らによって進められ、地元の向上や学…

 都市整図社: 火災保険特殊地図-戦後1新宿区全図 高田馬場方面 (都市整図社,年代不詳)

ガード下に「のみや」の記述。

 丹羽正春: 東京 (通号 287) (東京商工会議所,1971.05)こうして高田馬場の商店街再開発に成功した(講演要旨)

P.37-P.38 高田馬場は終戦後の二十三年の三月に、戦災復興事業として、政府の指定を受けたのですが、まだ…

 森鴎外: ヰタ・セクスアリス (新潮社,1993)

P.62-P.63  その頃向島に文淵(ぶんえん)先生という方がおられた。二町程の田圃を隔てて隅田川の土手を…

 都市整図社: 火災保険特殊地図 墨田区 向島方面 (都市整図社,1952)

・向島芸妓組合の付近に、待合「桝の家」の記載。 ・現在の向島2丁目17−3、待合の記載。 ・現在の向…

 料亭入舟: 入舟 ホームページ (料亭入舟,) リンク

昭和20年創業。終戦後の荒廃のなかで初代女将が日本再興に懸命に尽くす企業の方々にたいして一時の憩いの…

 料亭きよし: 料亭きよし ホームページ (料亭きよし,) リンク

先代、小林たつは大正7年に、玉の井の洋食屋「改進亭」の長女として生まれました。そこは荷風散人ゆかりの…

 向嶋墨堤組合: 向嶋墨堤組合 ホームページ (向嶋墨堤組合,) リンク

概要 向島…浅草からみて向こうにある島は、いつか行ってみたい雅な街で「向島」と呼ばれ、江戸の時代から…

 東京都新宿区教育委員会: 地図で見る新宿区の移り変わり (東京都新宿区教育委員会,1983)

貸座敷、引手茶屋、主要な目標についての記載有り。 P.317 現在の新宿一丁目交差点の西側。 新石楼、三…

 市川小太夫: 吉原史話 (東京書房,1964)

P.13-18 昭和36年3月28日に、浅草千束町二丁目の、亡父の旧邸跡の地所の角に、猿之助横丁という碑が…

 都筑道夫: 妄想名探偵 (講談社,1979)

P.41-P.42 この横丁の千束通りの角のところに、明治のころ、歌舞伎役者の市川猿之助が住んでいた。段四郎…

 グリルエフ: グリルエフ ホームページ (グリルエフ,) リンク

昭和25年、先代が五反田のこの地にフランス料理店として創業。 以来半世紀以上続く、老舗洋食レストラン…

現在の西五反田2丁目 ・待合の、旅館の屋号 現在の東五反田1丁目15の一画。 ・「おかるのみや」…

P.11 五反田花柳界も三業組合と呼んでいた当時までは、何かと盛んな頃もあったが、戦後次第に衰退の一途…

 渡辺憲司: 国文学 : 解釈と鑑賞 70(8) (至文堂,2005.8)江戸遊里残滓行--泪橋から泪橋へ

P.202 駅西口のすぐ近くには、千住の投げ込み寺と呼ばれる金蔵寺がある。本尊は閻魔大王。境内左手に地蔵…

 佐々木勝: 日光街道千住宿民俗誌 (名著出版,1985) 宿場町の近代生活

P.210 見番横丁 見番は、佃屋という屋号で、石坂家が昭和18年まで代々やっていた。玄関には「千住芸妓…

 五十嵐典彦: 足立史談 第50号 (足立区教育委員会,1972)「千住柳町」調査報告書(二)

千住遊廓の建物配置図 ・大正8年新開地当時 ・大正12年震災直後

 都市整図社: 目黒区 下(火災保険特殊地図旧35区 No.33-2) (都市整図社,1935)

目黒不動尊周辺に、見番と料亭らしき屋号「大国家」「角伊勢」「目黒園」「ちとせ」「松田家」「一力」の…

 日本住宅地図出版: 品川区 1978 (ゼンリンの住宅地図) (日本住宅地図出版,1978)

P.34 料亭「桃山」「花川」「鳴門」「小港」「川よし」「寿づき」「幸むら」「正雲閣」「音羽」の記載。

 朝日新聞社会部: *神田川 (未来社,)

神田川は中野区の南はずれを横切っている。優雅な名前の橋がいくつも架かる、花見橋、その上流は、桜橋、…

 交通新聞社: 赤羽・十条・王子+東十条 : 散歩の達人 (交通新聞社,2017.4)

P.14-P.15 王子 「王子」の地名は・・・・、という話よりも名前が面白いのは北本通りにあるスーパー「ほ…

 松川二郎: 三都花街めぐり (誠文堂,1932)

目黒不動の門前一円の地域がすなわち目黒の花街で、芸妓屋三十五軒、料理屋が四十軒。いかに竹の子に縁の…

指定地として芸妓屋待合の公許されたのは極く新しいことで、漸く昭和四年の四月から、王子町大字豊島の俗…

 都市整図社: 火災保険特殊地図 品川三業地方面 (都市整図社,1953)

旧品川三丁目(現在の東品川1丁目)の旧三業地に、料亭、置屋の記載。 中央の通り。芸妓屋の清河、菊の…

 大下英治: *力道山の真実 (祥伝社,2004)永遠の力道山

P.38 プロレス王として力道山の海の親となる一代の侠客、新田新作と出会ったのは、昭和23年5月、小結に昇…

P.368-P.388 1963年12月8日夜十時ごろ、TBSを出た力道山は、赤坂の高級ナイトクラブ「ニューラテンク…

 大田区史編さん委員会: 大田区史 (東京都大田区,1951)

P.700-P.701 池上特飲街建設をめぐって 事件は、昭和25年(1950)に池上本門寺前(現池上四丁目)に1…

 日本住宅地図出版: 大田区 北部 (日本住宅地図出版,1973)

P.4 「教員住宅」の記載

 時事通信社: 時事通信 (1510) 時事解説版 (時事通信社,1950.11)世論にゆらぐ歓楽街――池上の場合

P.2241-P.2242 「池上特飲街付近」に、特飲街の場所の記載。 住宅地域に割り込んできた新しい”湯の街”特…

 竹内誠: *日本橋・銀座の400年 (ミヤオビパブリッシング,2013)ビジュアルアーカイブス : 東京都中央区

P.148 明治二十八年(1895)、築地精養軒のコック見習いを振り出しに西洋料理の修行をした初代小島種三郎…

 大野光政: *江戸百景今昔 (本の泉社,2009)江戸を楽しみ、大正を知り、現代を歩く

P.38 両国橋から大川を南へ下ると、新大橋の下流に大きな洲があった。南西には富士山がそびえ、その下に…

 都市出版: 東京人 15(6) (通号 154) (都市出版,2000.6)料亭で江戸東京を味わう--芳町「濱田家」/新橋「花蝶」/神楽坂「うを徳」 (特集 芸者さんに会いたい 新橋、赤坂、芳町、神楽坂、浅草、東都五花街探訪)

P.38 浜町・芳町は明治の始め頃から賑わったいわゆる三業(待合、置屋、料理屋)地だ。隆盛期には芸者さ…

 都市整図社: 蒲田区(火災保険特殊地図旧35区 No.13) (都市整図社,1987)

蒲田区No.6 見番の他、待合と思われる、「今藤」「寿」「若竹」「ときわ木」「春本」「久本」「文好」「…

 蒲田町史編纂会: 蒲田町史 (蒲田町史編纂会,1933)市郡合併記念 リンク

P.319 蒲田二業地は、昭和2年4月19日、許可となり、其の後直ちに地均し(じならし)に着手し、芸妓屋では…

 林泉社: 陸奥宗光未亡人没す (林泉社,1900.8)『新聞集成明治編年史』第11巻、1936年 - 1940年 リンク

陸奥伯未亡人の逝去せられしことは、尚世に勝れる美事多ければこれを紹介すべし。 ▲先妻も堀江の唄女 故…

 東奥日報社: 東奥日報 (東奥日報社,2006.3.13)

P.8 駅物語86 十和田観光鉄道⑪ 三沢 1922(大正11)年の開業。国鉄東北本線(現在青い森鉄道青い森鉄道…

 経済産業省東北経済産業局: 東北地域における映像産業の現状と課題及び振興の方向性に関する調査 報告書 (経済産業省東北経済産業局,2008) リンク

P.104 <資料7>潜在的な素材 野辺地町 横浜町の菜の花畑、野辺地町の日本最古の常夜塔、昔の遊廓(大…

 野辺地町文化財保護審議会: あるくみるなっとく野辺地の自然と文化 (野辺地町文化財保護審議会,2012)

P.52 旧大萬(だいまん)旅館 旧大萬旅館は、入母屋屋根に玄関バルコニーを持つ2階建ての和洋折衷の木…

 石本馨: *大江戸橋ものがたり (学研,2008)

P.108 思案橋の近くには、浅草移転前の吉原遊廓があった。この橋の上に立ち、吉原へ行こうか、それとも二…

 新潮社: 週刊新潮 8月30日号 (新潮社,1990)ビーフカツ40年人形町「キラク」人気の秘密

人形町の交差点にほど近い、今の場所に店を開いたのが昭和26年のことだそうだ。この店一番の人気メニュー…

 大島健二: *下町の名建築さんぽ (エクスナレッジ,2017)ARCHITECTURAL HERITAGE GUIDE IN OLD TOWN OF TOKYO タイトルでNDLオンラインを再検索する

P.140 奥のたてものは歯科医として使われていたがもともとは「待合(芸妓と遊ぶ場所)」であったという。…

 大島健二: *下町の名建築さんぽ (エクスナレッジ,2017)ARCHITECTURAL HERITAGE GUIDE IN OLD TOWN OF TOKYO タイトルでNDLオンラインを再検索する

P.112 創業は、明治38年、現存する東京の居酒屋では最古といわれ、その筋で知らぬ人はいない。その銅板葺…

P.140 奥のたてものは歯科医として使われていたがもともとは「待合(芸妓と遊ぶ場所)」であったという。…

 スタジオワーク: *東京さんぽ図鑑 (朝日新聞出版,2017)町や建物の"新しい見方"を超図解!

P.52 神田は、神田川と日本橋川まれた江戸の城下町である。江戸時代の物流は水運が中心だったので、2つ…

 岩動景爾: *東京風物名物誌・普及版 (魚住書店,1956)

P.187 鳥の古今亭も元通り料亭街の中、烏森神社の傍に立派に復興している。浅草金田と並称された味の店。…

 新橋料理業組合: 新橋 末げん (新橋料理業組合,) リンク

三島由紀夫が最後の晩餐にした明治42年創業の老舗、「新橋末げん」。ほかにも原敬、六代目菊五郎などの…

古今亭、末源、新橋芸妓組合、等の記載。

 林順信: *東京路上細見2 (平凡社,1987)日本橋・人形町・銀座・築地・佃島

佃島の由来を簡単に記しておこう。徳川家康が天下人となるに及んで、佃村の漁民を江戸に招き、海川漁獲の…