薬王寺南側には、進駐軍の接待にも使われたと伝わる料理店・喜楽*1 に向かって、スナックやバーが入居する長屋型の店舗がありました。この喜楽と長屋に挟まれた東西に延びる小路は「出世街道」と通称され、一帯は毎夜多くの酔客で賑わう盛り場でした。*2

長屋があったと思われる場所は、現在は、空き地になっています。

料理店・喜楽があったと思われるあたり。

現在は、ホテルになっている模様です。

薬王寺南側には、進駐軍の接待にも使われたと伝わる料理店・喜楽*1 に向かって、スナックやバーが入居する長屋型の店舗がありました。この喜楽と長屋に挟まれた東西に延びる小路は「出世街道」と通称され、一帯は毎夜多くの酔客で賑わう盛り場でした。*2

長屋があったと思われる場所は、現在は、空き地になっています。

料理店・喜楽があったと思われるあたり。

現在は、ホテルになっている模様です。

年代:昭和23年(1948)10月6日
作成者:藤田天真(藤田常次)
備考等:2…
P.9
内町通りは、現在も市街地を貫通する主要道路(国道293号線として機能し…
鹿沼における花街は、この内町通り(国道293号線)沿いの石橋町及び下材木町の一帯に分布していました。大通りから入った場所に当時から営業を続ける料理店があります。*1

昭和31年の市街地図*2 には「蒲焼梅月」と掲載されています。

梅月。

当時の面影を残しています。

P.9
内町通りは、現在も市街地を貫通する主要道路(国道293号線として機能し…
年代:昭和31年(1956)6月10日
作成者:鹿沼市明細地図刊行会
備考等:7…
今回は、鹿沼(栃木県鹿沼市)の町並みを散歩します。
天神町の市役所近くにある喜楽食堂。

ランチが自慢の店です。

レトロな雰囲気の店内。

お子様ランチを食べたかったのですが、小学生以下限定とのことでしたので、Bランチを注文。

台東区の千束通り。

甘味処の山口家本店。

甘味処ですが、ラーメンや焼きそばもあります。

お雑煮を注文。

旧吉原遊廓の北側にある銭湯の有馬湯。コンクリート造りの建物です。

銭湯浪漫。

近代的な煙突。

ガラスのドア(写真左側)の左側は浴室です。

吉原の花園通り。

旧遊廓へ向かう段差のある通路。
「お歯黒とぶ」の名残とも言えそうな遺構です。

人目につきにくい通路です。

反対方向から。

履物屋の大黒屋。

大黒屋の向かい側にあった地元の町会の建物(吉原会館)を改装し「江戸吉原耕書堂」が2025年にオープンしました。NHKと台東区の支援もあったそうです。

店内には、吉原遊廓に関する展示やグッズの販売が行われています。

花魁道中で、外八文字歩き(つま先を外へ向ける歩き方)で使われた下駄。向かいに建つ履物屋の大黒屋から提供されたものだそうです。

今回は、吉原(東京都台東区)の町並みを散歩します。
よし原大門のモニュメントの脇に2つの案内板が建っています。

「吉原大門と耕書堂」の案内板の日付は令和6年(2024年)10月となっており、大河ドラマ「べらぼう」の放送に合わせて建てられたものと思われます。

耕書堂があったと思われる場所には、カフェーがオープンしています。

耕書堂発祥の地の案内図。

錦ヶ浦のバス停で下車。ここから熱海城の巨大な天守閣を仰ぎ見ることができます。

熱海城は、昭和35年に建設された娯楽施設です。

熱海城天守閣からの眺め。

熱海城の模型。
熱海城が建てられている場所は、海中に突き出た魚見埼の岬の角で、一方のみは山につづき、三方はけわしい断崖になっています。城郭を築く場所としては要害の地で、北条氏歴代の名将たちも築城を希望しながら果しえなかった場所であると伝えられています(案内板より)。

くの字型の路地※1 の近く。

この建物の隣(写真右隣り)には、以前は商家「千笑」※2 がありました。「千笑」の建物が無くなってしまったので、こちらの建物は狭小に見えます。

疑似三階建ての建物です。

トタン建築。
