甲府(新天街2)北側の半分は空き地になっています。

今回は、甲府(山梨県甲府市)の町並みを散歩します。
甲府駅の北側の朝日5丁目にある飲食横丁の「新天街」※1。

以前※1 と比べ、看板の数が減っています。

客引き・暴力禁止看板。

北側の半分は空き地になっています。

東村山(氷室)久米川駅北側。都道226号線沿い。

久米川駅北側の都道226号線沿い。

最近、見かけなくなった「氷室」の看板。

氷屋の看板は「氷屋」「氷ヤ」「氷室」などあるようですが、この商店の場合は、「氷室」です。

ブロック塀に残る「氷」の看板。

東村山(巴屋本店)天保元年に創業。地元で人気の蕎麦屋さん。

久米川駅南口の交差点の角にあるそば処「巴屋本店」。

常に賑わっている蕎麦屋さんです。

そば処「巴屋」は天保元年(1830年)に麹町で創業。その後、戦争により疎開して 久米川に移転し、久米川では70年以上営業している老舗です。*1

「天ざる」とビールを注文。

参考文献

*1
巴屋本店

当店は天保元年(1830年)に麹町で創業。その後、戦争により疎開して 久米川に…

参考記事

東村山(東晃ビル)パブ、スナックのレトロ看板。

西武新宿線久米川駅は東村山駅の一つ隣の駅です。
駅前にレトロなビルが建っています。

1階には飲食店、パブやスナック。

レトロな看板。

建物の裏側。

参考文献

参考記事

東村山(餅萬)だいじょうぶだ饅頭。創業1876年の老舗。

東村山駅前にある和菓子の「餅萬(もちまん)」は創業1876年の老舗です。
東村山の誇る志村けんさんのギャグ「だいじょぶだァー、だっふんだァー」に因んだユニークな銘菓が販売されています。*1

店内でお茶をいただくこともできます。
「だいじょぶだァー最中」と「だいじょぶだァーどら焼き」を購入。

「だいじょぶだァーどら焼き」は小倉餡。うぐいす餡の「だっふんだァーどら焼き」もあります。

店内には、志村さんの書籍などが展示されています。

参考文献

*1
餅萬

創業1876年。

東村山名物

東村山の誇る志村けんさんのギャグ「だいじょぶだァー、だっふんだァー」に因ん…

参考記事

東村山(糞尿タンク跡地)俗に黄金列車と呼ばれました。

太平洋戦争末期、東京都は、糞尿民の処理が行き詰まり、西武鉄道村山線は、昭和19年(1944)から10年間、夜間に糞尿輸送を行っていました。この糞尿専用列車は、俗に黄金列車と呼ばれました。*1

糞尿は始発駅のタンクに蓄えられ、これを糞尿列車が輸送し、終着駅(東村山)で列車のバルブを開けるとモノがタンクに落ちる仕掛けです。*2

東村山の糞尿タンクは、駅北方の現在の西武鉄道社員寮付近に設けられ、東村山の農家はリアカーやオート三輪で糞尿を汲みに来ました。*1

付近は、高架化の工事中です。

参考文献

*1
東村山ふるさと歴史館東村山駅西口のあゆみと北西部:市制施行40周年記念特別展図録東村山ふるさと歴史館2004.7
戦中・戦後の東村山駅西口

旭館の周辺(昭和5年ごろ)
演芸場「旭館」は、昭和3年に開館した。

<…
黄金列車

P.24
黄金列車
西武鉄道村山線は糞尿輸送を夜間に行っていた。昭和時代、…

*2
堤康次郎苦闘三十年三康文化研究所1962
黄金は花ざかり

P.46
その頃農村は食糧増産に懸命な努力を続けながら肥料不足に困っていた。…

参考記事

浦賀(岩城屋)日本酒、焼酎のボトルがずらりと並べられています。

京急浦賀駅から南へ徒歩1分のところにある岩城屋。

店内には、日本酒、焼酎のボトルがずらりと並べられています。

魚を中心としたメニューが豊富です。

刺身定食と日本酒を注文。

参考文献

参考記事

浦賀(郷土資料館)うがい茶碗を持ち帰った福澤諭吉。

京急浦賀駅から徒歩10分の「浦賀コミュニティーセンター」は、郷土資料館を兼ねた施設です。

2階には、浦賀に関する資料が展示されています。

安政七年(1860)11月浦賀から、太平洋を越えてアメリカへ向かう船がありました。咸臨丸です。品川で出航式がありましたので、浦賀は日本の最終寄港地として水や野菜などを積み込むために3日間留まりました。*1


福澤諭吉の「福翁自伝」に、「茶屋みたいない処に行って、さんざん酒を飲んで、船に帰るときに廊下の棚の上にうがい茶碗が一つあって、それを私が盗んできた。」というくだりがあります。諭吉は、その茶碗を日本まで持ち帰ったのですが、しばらくして、うがい茶碗は遊女のビデ(膣洗浄器)だったことを知り、「思えば、穢い(きたない)ようだが、航海中は調法し、唯一の宝物であったのが可笑おかしい。」と締めくくっています。*1*2

参考文献

*1
港町から 第2号 (特集:浦賀・横須賀)港町のタウン・マガジン街から舎2009.4
福沢諭吉先生も上がった浦賀遊郭

P.49
安政七年(1860)11月浦賀から、太平洋を越えてアメリカへ向かう船があ…

*2
青空文庫青空文庫青空文庫 リンク
福澤諭吉福翁自伝 リンク
浦賀に上陸して酒を飲む

咸臨丸かんりんまるの出帆は万延元年の正月で、品川沖を…

参考記事

浦賀(浦賀の渡し船)市道2073号線。3分間の船旅。

浦賀は入江をはさんで、東西に町が形成されていて、この東西を結ぶ渡船(市道2073号線)があります。*1

お客さんが一人でもいれば、反対岸にいても迎えにきてくれます。

わずか3分たらずの船旅ですが、浦賀港の名物です。

交通機関としての渡船の歴史は古く、江戸時代も中期ころには始まっていたそうです。*1

参考文献

*1
港町から 第2号 (特集:浦賀・横須賀)港町のタウン・マガジン街から舎2009.4
山本詔一浦賀の渡船

P.66
浦賀は入江をはさんで、東西に町が形成されている。この東西を結ぶ市道…

参考記事

浦賀(安房口神社)もともと安産信仰の対象となっていた性神。

今回は、浦賀(神奈川県横須賀市)の町並みを散歩します。
浦賀駅から東へ住宅の中の坂道を2km近く登っていくと、そこだけ森が残されている明神山に行き着きます。

鳥居をくぐると正面に鉄格子で囲まれたご神体が鎮座しています。

鉄格子の中にあるのは、長さ2mほどの長方体の大石です。安房口神社は性神で、もともと安産信仰の対象となっていたのは、この神石だけではなく、明治の末までは二つの陽石が現神石の前に祀られていました。*1

現在ある神石は陰石であり、穴のある形状は明らかにそれを示しています。*1

参考文献

*1
港町から 第2号 (特集:浦賀・横須賀)港町のタウン・マガジン街から舎2009.4
性神にして航海神・・安房口神社・御神石の不思議菅谷正明

P.39
安房口神社は性神である。もともと安産信仰の対象となっていたのは、こ…

参考記事