築地(看板建築)3階建て

築地市場の東側。築地6丁目、7丁目付近には、看板建築の建物が多く残っています。
こちらの商店だったと思われる建物は、正面から見ると2階建てです。

背面から見ると、屋根裏部屋部分*1 は、3階建て部分であることがわかります。

こちらも正面は2階建て、横から見ると3階建てです。

三角屋根部分が3階部分になっている食品会社の建物。

■カテゴリ 商業 築地

■参考文献
*1江戸東京たてもの園: *東京150年記念 「看板建築展」 展示品説明文 (江戸東京たてもの園,2018)

被災者の多くは、焼け跡に自力で資材を集めて建てたバラックに暮らした。

神田須田町(木造3階建ての建物)正面は2階建て

関東大震災以後の商業建築の多くは2階建てで、3階部分に屋根裏部屋を持つものが多く、これは木造3階建ての禁令をクリアするための抜け穴的構造でした。*1
神田須田町では、看板建築のような奇抜なデザインの商業建築以外にも、この「一見2階建て、実は3階建て」の建物を見かけます。

写真の建物は正面から見ると2階建てですが、横から見ると3階建てであることが解ります。

こちらも、一見何の変哲もない2階建て。

横から見ると3階建てです。

■カテゴリ 商業 神田須田町

■参考文献
*1: *荷風!vol.23 (日本文芸社,2010.1)

P.30 看板建築は、関東大震災以後、急速に広がった商業建築で、防災を考慮して木造家屋の正面を銅板やタイル、モ …

*2江戸東京たてもの園: *東京150年記念 「看板建築展」 展示品説明文 (江戸東京たてもの園,2018)

被災者の多くは、焼け跡に自力で資材を集めて建てたバラックに暮らした。

神田須田町(海老原商店)看板建築

今回は、神田須田町(かんだすだちょう、東京都千代田区)の町並みを散歩します。
秋葉原の万世橋を渡り、すぐに左へ曲がり、山の手線のガードをくぐると。柳森神社の前(柳原通り)に出ます。今は神田須田町二丁目ですが、このあたりは、元柳原町と呼ばれていました。柳原は、明治には古着市場であり、その後、既製服問屋街になりました。柳原通りは昭和初期にはかなりにぎやかだったそうです。この一画には、昔からの看板建築の商店が残っています。この付近は戦災の時に焼けないで残りました。*1
写真は、岡昌(おかしょう)裏地ボタン店(昭和3年築)。*2

昭和通りに出る少し手前の右手に残るしゃれたファザードの一軒は、海老原商店という服地店です。*1*3*4

海老原商店は昭和初期(1927)につくられました。*1*3

2階窓下には、白漆喰による海老原商店の文字看板*3
上部には、ネオ・クラシックやアール・デコがミックスされたような装飾が上部についています。*1

■カテゴリ 商業 看板建築 神田須田町

■参考文献
*1海野弘: 新編東京の盛り場 (アーツアンドクラフツ,2000)

P.250 万世橋をこしてすぐに左へ曲がり、山の手線のガードをくぐる。ここは柳原通りというらしい。町名も今は神 …

*2交通新聞社: *散歩の達人 No.179 (交通新聞社,2011)

P.30 岡昌裏地ボタン店(昭和3年築) 明治30年創業の老舗は、初代が「岡昌夫」だから「岡昌」。この辺りは、 …

*3江戸東京たてもの園: *東京150年記念 「看板建築展」 展示品説明文 (江戸東京たてもの園,2018)

海老原家は、茨木健取手の出身で、1887年(明治20)頃に上京し、古着屋を開業した。震災後、既製品の洋服を扱う …

*4: *荷風!vol.23 (日本文芸社,2010.1)

P.30 看板建築は、関東大震災以後、急速に広がった商業建築で、防災を考慮して木造家屋の正面を銅板やタイル、モ …

■この記事を参照している記事

武蔵小金井(看板建築展)江戸東京たてもの園

江戸東京たてもの園には、展示室があって、「看板建築展」開催中です。
看板建築は、関東大震災後、人々は、自力でバラックを建て始めましたが、このとき、バラック美しくする活動(今和次郎など)や建築家のデザインにりょう仮設商店などが建ち始め、これが後の看板建築につながったそうです。*1

本来、2階建てであるべきところ、少しでも広く使うために屋根裏部屋を設けた事例の模型が展示されています。*1

こちらは、ほぼ完全に3階建ての建物。

中央区月島の旧玩具店の建物に飾られていた、だるまの部分が移設、展示されています。

■カテゴリ 商業 武蔵小金井 看板建築

■参考文献
*1江戸東京たてもの園: *東京150年記念 「看板建築展」 展示品説明文 (江戸東京たてもの園,2018)

被災者の多くは、焼け跡に自力で資材を集めて建てたバラックに暮らした。

犬山(芝居小屋「呉服座」の建物)博物館明治村

犬山駅からバスで約1時間。博物館明治村に到着です。

明治村は、明治時代の貴重な建物を移設・保存するこをと目的に開園されました。

大阪府池田市にあった芝居小屋の呉服座。重要文化財です。*1

内部は、当時のまま、保存されています。

【参考URL】
*1 博物館明治村:呉服座(重要文化財)

■カテゴリ 商業 犬山

若柳(写真館)昭和初期の建物

若柳の中心部は、若柳側の北側の川北元町から本吉街道にかけてのあたりです。

菅原写真館は、昭和6年の「若柳町全図」にも記載されている写真館です。

マンサード屋根の建物が特徴です。

北側の用水路から見た写真館。

■カテゴリ 商業 若柳

小川町(福助楼)女郎うなぎ

小川町駅前の通りを南下すると、旅館「福助」の大きな木造建物が見えてきます。

国道に面した側が、福助本館の玄関です。

歴史を感じさせる「福助楼」の看板。「女郎うなぎ」が名物です。

奥行のある建物。福助本館と福助旅館がつながっています。

■カテゴリ 商業 小川町