森鴎外ヰタ・セクスアリス新潮社1993
向島の文淵先生
P.62-P.63  その頃向島に文淵(ぶんえん)先生という方がおられた。二町程の田圃を隔てて隅田川の土手を望む処に宅を構えておられる。二階建の母屋に、庭の池に臨んだ離座敷の書斎がある。土蔵には唐本が一ぱい這入っていて、書生が一抱ずつ抱えては出入だしいれをする。先生は年が四十二三でもあろうか。三十位の奥さんにお嬢さんの可哀いのが二三人あって、母屋おもやに住んでおられる。 (中略) 度々行くうちに、十六七の島田髷まげが先生のお給仕をしているのに出くわした。帰ってからお母様に、今日は先生の内の一番大きいお嬢さんを見たと話したら、それはお召使だと仰ゃった。お召使というには特別な意味があったのである。  或日先生の机の下から唐本が覗いているのを見ると、金瓶梅きんぺいばいであった。僕は馬琴の金瓶梅しか読んだことはないが、唐本の金瓶梅が大いに違っているということを知っていた。そして先生なかなか油断がならないと思った。