*武村民郎: 朝日ジャーナル 2月10日号 (朝日新聞社,1984.2.10)女の戦後史-45-売春防止法--婦人相談員の献身的努力に支えられて

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1950年秋、東京都武蔵野市八丁(中央線三鷹駅北口)に、8軒の「青線」が出現した。業者たちは、5,280平方メートル敷地内に48軒の特殊飲食店を建てる計画であった。八丁特飲街の出現にともなって、市内随所にいかがわしい風俗営業が続出した。このため、武蔵野市の教育環境は最悪の状況におちいった。
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1956年5月、売春防止法が第24国会を通過した。それとともに、忘れてならないのは、武蔵野市民の不屈の闘いに象徴されるような、全国各地の草の根からの廃娼運動である。
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武蔵野市婦人団体連絡協議会のなかに、「武蔵野市売春防止対策委員会」を設置した。撤去運動は、ただちに業者側と交渉して、1957年12月19日、業者側は遂に廃業声明を発表するに至った。