小田原(小田原漁港)古くからある漁港です。

今回は、小田原(神奈川県小田原市)の町並みと風俗を散歩します。
小田原漁港は、小田原市にある古くからある漁港で、水産物の生産・流通の拠点になっています。港には市場もあります。

漁師が作業をしています。

港から見た早川の町。

小田原漁港の一部では釣りもできるようです。小田原提灯をモチーフにした灯台があります。

隅田~吉原(一葉桜・小松橋通り)一葉桜まつり

吉原のはずれの千束通りを行くと、一葉桜・小松橋通りと交差します。通りには、一葉桜(八重桜の一種)が植えられています。この日は、一葉桜まつりが行われていました。一葉桜まつりは、一葉桜が植えられた2002年から始まり、今年で4回目だそうです。

まつりの目玉は、花魁道中です。もちろん、これは、当時のものを再現したものです。禿(かむろ)、花魁、振袖新造の順です。

ステージが用意されており、そこでは、花魁ショーが行われました。写真は、花魁が杯を飲み干した場面です。

最後に、花魁の撮影タイムがありました。

隅田~吉原(旧「金よし」)転業アパートが軒を連ねます。

吉原の江戸町二丁目(伏見通り)。大門に近いあたりに、戦後のカフェー街の名残の建物があります。

角が丸みを帯びた、転業アパートの金井荘。1階がモルタルで2階が羽目板張りになっています。いつも選挙用のポスターが貼られているのも特徴です。
吉原今昔図*1 によると、赤線時代は「金よし」という屋号でした。

正面から見たところ。

ここのT字路は、転業アパートが向き合っていて、いい雰囲気です。

【参考文献】
*1 荒井一鬼:吉原今昔図(葭之葉会,1993)

隅田~吉原(あこがれ像)台東区は健康宣言都市です。

山谷堀公園の中程の吉野橋近くに女性の像があります。像の名前は「あこがれ像」と言います。

なぜ、「あこがれ像」と言うのかはよくわかりません。この女性の表情がすばらしく、気に入ってしまいました。

下半身。

像の隣に、台東区健康都市宣言があります。「台東区は、すべての区民が健康で文化的な生涯を送ることができるよう、区民と区が一体となって健康施策を積極的に推進することを誓い、ここに健康都市とすることを宣言する。」と書かれています。


■カテゴリ 吉原 美術

隅田~吉原(山谷堀公園)昔は舟が往来していました。

今回は、隅田~吉原(東京都)の町並みと風俗を散歩します。
今戸橋から山谷堀公園に入ります。今は暗渠になっていますが、昔は、ここに、山谷堀川がながれており、この川を猪牙舟(ちょきぶね)に乗って、吉原へ行くコースが一般的だったとされています。

吉野橋付近。このあたりは日本庭園のようになっています。

吉野橋から先は、公園の幅はやや狭くなります。

地方橋まで来ると、山谷堀公園は終わりです。

九条(九条OS劇場)名門の劇場です。

駅前に、「名門九条OS」の看板があります。ストリップ劇場の九条OS劇場の案内板ですが、場所は、駅を挟んだ逆側(キララ九条商店街側)です。

閑静な住宅街の中に九条OS劇があります。

九条OS劇場は、客席数142席。1951年7月開館の名門で、毎年盆と暮れにSM大会を開催するため、関西の変態小屋といわれています。(ウィキペディアより転載)

近くにある理容室。なぜか、店の名は、「OS理容」となっています。


■カテゴリ 劇場 九条
■散歩事典 九条

九条(松島新地)モダンなデザイン

松島新地の中に入ります。料亭が整然とならんでいます。飛田に似た雰囲気ですが、飛田と比べて明らかに異なる点は、道路の幅が広いことです。道路は、車も通りますので、ど真ん中を歩くと危険ですが、少し離れて歩いて見て回ることができるので、安心感があります。

「おおさか百景いまむかし」*1 に写真が掲載されている建物。

軒下のオブジェ。

モダンなデザインです。

【参考文献】
*1 野村廣太郎:おおさか百景いまむかし(東方出版,1997)P.112

九条(駅周辺)松島新地の案内板があります。

今回は、九条(大阪府)の町並みと風俗を散歩します。
中央線九条駅で下車し、百十四銀行のところを右へ曲がります。

すこし行くと左手に松島新地の入口があります。

松島料理組合が組織されています。

この地図を見る限りは、料亭街といった感じです。

信太山新地(公衆トイレ)新地の中にあります。

信太山新地の中央部あたりに、公衆トイレがあります。男女の別はありません。入口は一つだけです。

「きんかくし」は、きれいです。中に、清掃用具が置いてあるので、定期的に清掃が行われているのだと思います。

トイレの窓。窓枠に、女性の名前や携帯の電話番号の落書きがあります。

トイレのドアの内側。「○○ちゃん、サイコー」、「超名器」、「テクニシャン」、「サービスいいよ」、「かずのこ天井」、「こんぺいとう天井」、などの落書きがあります。

信太山(神社)新地の中に神社があります

信太山新地の中に神社があります。

信太山新開地三十周年記念の碑があります。新地の歴史を感じさせます。

鳥居の裏側に、新開地共同組合と彫られています。

寄進者の名前と店の名前が記載されています。「淡島社建立寄附御芳名 昭和五拾五年四月 信太山新開地共同組合」と書かれています。

信太山(駅周辺)閑静な住宅街です。

今回は、信太山(大阪府)の町並みと風俗を散歩します。
大阪からJR阪和線に乗って、信太山(しのだやま)駅で下車します。

信太山新地へは、駅前からJR阪和線の線路沿いに天王寺方面へ向かって進むか、駅前の「スーパー玉出」の脇の道を進むみます。今回は、「スーパー玉出」の脇の道を行くことにします。

道なりに進むと府道30号線に出ます。信号のある交差点に、「そこはだめ!!勝手な駐輪大迷惑 信太山新地」と書かれた看板がありますが、新地のような雰囲気はありません。

信号のある交差点の左側を見ると、旅館が立ち並んでいます。ここが、信太山新地の入口のようです。道の左側手前に、「スタンド○○」という看板のあるスナックのようなお店があります。

飛田(飛田新地)夕方になると人通りが増えてきます。

夕方になると、お店に提灯が灯ります。これからが飛田新地の始まりです。

店には女性とやり手婆が座り、客を待ちます。顔を明かりで照らしているせいか、女性はみな美人に見えます。女性は、10分か15分毎に交代するお店が多いようです。

青春通りと呼ばれる北部の通りは、客には若い男性が多いようです。店の女性も若く、皆20歳前半に見えますが、中には19歳ぐらいに見える子もいます。ドレスを着てポーズをとっている女性、女子高生の制服やメイド服を着た女性もいます。個人的には、和服を着た女性が気に入りました。

店の前で、交渉している客がいます。

飛田(飛田新地)壁に囲まれたちょんの間

飛田大門から、いよいよ飛田新地の中へ入ります。
まず、目に入るのが高速道路。飛田新地のほぼ真ん中をを高速道路が走りぬけます。東京の風俗地帯では見られない光景です。

しばらく歩くと、反対側の壁が見えてきます。壁には階段があり、阿倍野地区へぬけることができます。整備された綺麗な階段です。

登ったところから見た壁の側面と飛田新地。こうやって見ると、飛田新地はくぼ地にあることがわかります。

壁の上から見た飛田新地。2階建ての建物がずらっと並ぶ光景は圧巻です。

飛田(大門跡)最近立て替えられて新しくなりました。

動物園前商店街がつきるあたりに、大門跡の碑があります。

「TOBITA」と書かれた大門のモニュメント。

最近、碑が新しく立て替えられたようです。

飛田大門のことが次のように紹介されています。
「明治45年の火災によって廃止となった難波新地の遊郭の代替地として、飛田遊郭は大正7年に開郭しました。飛田大門は開郭当時から飛田新地の玄関口として機能していました。そして、昭和12年に遊客数として松島新地を上回りました。昭和20年には太平洋戦争で、大門通りの南側の東の一部と西部を消失しましたが、大門は消失を免れました。その後、昭和33年に飛田遊郭は、廃止となりましたが、飛田大門は当時の面影を伝えるものとして、現在も地域の人々に親しまれています。」

飛田(動物園前商店街)飲食・娯楽がすべて揃っています。

動物園前駅から南へ続く商店街。「動物園前一番街」のアーケードがあります。

綺麗に整備された商店街です。

商店街には、さまざまなお店が並んでいます。大衆酒場、カラオケ居酒屋、お好み焼き屋、回転焼き屋、レトロな喫茶店があるかと思えば、その隣にはレンタルビデオ屋があります。飲食・娯楽を中心に、生活に必要なものがすべて揃っているという感じです。

二番街の入口付近。気持ちよさそうに昼寝をしているネコが二匹いました。

飛田(商店街の路地裏)ホテルの廃墟

動物園前の駅から、商店街へ入ってすぐの路地裏に、「ゴールデン 休憩200より 宿泊300より」と書かれた看板があります。「ゴールド」ではなく、「ゴールデン」という名前が何となくそそります。(新宿ゴールデン街のことを思い出していました。)

かなり、ボロボロの状態です。朽ち果てた雰囲気が何とも言えません。

入口らしいものは、こちらの一箇所のみ。どうやら廃業中のようです。

正面へ回ってみると、建物の角の部分に、「ホテルゴールデン」の小さな看板がついています。右側にいい雰囲気の路地があります。

飛田(動物園前駅周辺)大衆酒場が繁盛しています。

今回は、飛田(大阪府)の町並みと風俗を散歩します。
大阪市営御堂筋線を動物園前駅で下車し、地上へ出ます。出口の隣に、緑色に塗装された新聞・雑誌の売店が目に入ります。

出口を出て、すぐ目の前にある大衆酒場。

通りの方へ回りこんだところにある大衆酒場。古い看板が特徴的です。立ち飲みやに近い雰囲気があります。

こちらの大衆酒場は、なぜか、脇にうどん・そばの屋台が置いてあります。これほどまでに、大衆酒場が密集しているのは見たことがありません。すでに、ここから飛田は始まっているのだと予感させるような光景です。


■カテゴリ 食文化 飛田

古河(中央町の飲食店)「カフエー」のプレートがあります。

横まち柳通りを散歩した後、横山町の南側の中央町のあたりを散策します。

1階に3軒のお店が入っている建物があります。

右側のお店。赤いドアが印象的です。

ドアの上に「カフエー」と書かれたプレートがあり、小さな文字で「茨城県公安委員会許可第1795号」と書かれています。さらに、その右側には、「二十....立入....」と書かれたプレートがあります。


■カテゴリ 飲食街·横丁 古河
■散歩事典 古河

古河(横山町)花街のあった通り

JR古河駅から北西に500mぐらいのところに横町があります。「よこまち柳通り」の碑があります。

碑の裏側に、この通りの建設の経緯が書かれています。「横山町通りは、かつて江戸時代に日光街道の北玄関口として作られ、宿場としての問屋場や旅籠、茶店等が軒を連ね、陸上交通の要所として賑わった。しかし、明治から現在に至る社会経済の変化、交通手段の変革により、まちも変遷を余儀なくされた。そこで、市は、地域住民と相計り、往時を思い、さらに風格と活力のあるまちづくりを目指して、ここに『よこまち柳通り』を建設した。」

逆方向から見た横町柳通り。道路は、一直線ではなく変化がつけられていますので、自動車も速度を落として運転しています。

通りの雰囲気にマッチした水のみ場がありました。