洲崎(洲崎緑道公園)洲崎橋は今は公園になってます。

洲崎という地名はほとんど残っていません。洲崎神社、洲崎郵便局、そしてこの洲崎緑道公園です。洲崎緑道公園は、洲崎に遊郭があったころの堀を埋め立てて公園としたものです。

大門通りと公園が交差するあたり。

「洲崎パラダイス」のアーチがあった旧洲崎橋は大門通りと洲崎緑道公園が交差するあたりです。

洲崎緑道公園は堀を埋めたたて出来た公園であるため、細長い形をしています。歩行者用の道と自転車用の道が分かれているのが特徴です。

町田(境川)鯉が泳いでいます。

町田駅の南側を境川が流れています。ちょうどラブホ街の真ん中を流れているため、ラブホと川の情景が印象的です。

JR線の高架と川の情景もけっこう絵になっています。

川の上流を見たところ。

川には鯉がたくさん泳いでいます。町の浄化だけでなく、川の浄化にも力を入れているようです。

町田(田んぼ)ちょんの間は壊滅状態

町田の通称「田んぼ」と言われるちょんの間地帯が壊滅状態と聞き、立ち寄ってみました。 ここがちょんの間のある通りです。

ちょんの間のあったプレハブの建物は、入口にベニア板が張られ、閉鎖されています。

もう1軒あったプレハブの建物。こちらはつい数年前な営業していた記憶がありますが、閉鎖されています。建物の内部には窓ガラスが散乱していました。すでに廃墟と化しています。

この建物は、反対側の通り沿いのコンビニのあたりからも駐車場を隔てて見ることができます。

町田(駅南口のラビホ街)ヨドバシカメラ進出で...

今回は、町田の風俗を散歩します。町田駅南口は、最近のヨドバシカメラの進出により、人通りが多くなり、雰囲気が変わってきているように思います。

駅南口に流れる境川にかかる谷口橋付近ののラブホテル街からはヨドバシカメラが見えます。

谷口橋を渡るとラブホテル街の中心部です。

ラブホテル中心街の交差点を駅側から見たところ。

入谷~吉原(吉原神社)の吉原今昔図、一部2500円です。

吉原弁財天のすぐ近くに吉原神社があります。

玉垣には、料亭「松葉屋」の名前が確認できます。

境内には、「吉原今昔図」が掲示されています。これを見ると道路の配置は昔も今もほとんど変わっていないことがわかります。貴重な歴史資料だと思います。

一部2500円だそうです。今度買いに行きたいと思います。

入谷~吉原(愛護地蔵尊)水子地蔵です。

吉原弁財天の中に愛護地蔵尊と呼ばれる吉原で働いていた女性の水子地蔵があります。

「生まれるべく体内に宿りし水子も母なる生命保護のため人工妊娠中絶によって無明の境に失われていく悲憐なる幼い霊を供養する」と石碑に記されています。

愛護地蔵尊の正面の右側の玉垣には角海老の名前が刻まれています。

周りの玉垣。「新吉原カフェー」と記されています。その横の名前はカフェーの店の名前のようです。

入谷~吉原(吉原弁財天)昔の吉原の面影を残す場所

途中、吉原弁財天へ立ち寄りました。ここには数多くの見所があります。

「花吉原名残碑(はなのよしわらなごりのひ)」は、吉原が、江戸唯一の幕府公認の遊郭であり、昭和33年の売春防止法が施行されるまで続いていたことを名残惜しむ碑です。

花吉原名残碑の隣には、幕府の許可を得て元吉原を開業した庄司甚右衛門の碑があります。

案内板があるので、これを読むと吉原の歴史を知ることができます。

----花吉原名残碑(はなのよしわらなごりのひ)----
吉原は、江戸における唯一の公許の遊廓で、元和三年(1617年)、葺屋町東隣(ふきやちょうひがしどなり、現中央区日本橋人形町付近)に開設した。吉原の名称は、植物の葭(よし)の生い茂る湿地を埋め立てて町を造成したことにより、はじめ葭原と称したのを、のちに縁起の良いう文字に改めたことによるという。
明暦三年(1657年)の大火を契機に、幕府による吉原遊廓の郊外移転が実行され、同年8月、浅草千束村(現台東区千束)に移転した。これを「新吉原」と呼び、移転前の遊廓を「元吉原」という。
新吉原は、江戸で有数の遊興地として繁栄を極め、華麗な江戸文化の一翼をにない、幾多の歴史を刻んだが、昭和三十三年「買春防止法」の成立によって廃止された。
(後略)

入谷~吉原(せんわ通り)柳並木が美しい

国際通りを横切るとせんわ通りに入ります。ここからは柳並木が現れます。

交差点を左に曲がると吉原の一角にさしかかってきます。

花園公園のあたり。道がS字型にカーブしています。このあたりは水道尻(すいどじり)と呼ばれているそうです。

水道尻を抜けると吉原のソープ街まで一直線です。

入谷~吉原(金美館通り)映画館の名前の通りです。

今回は、入谷~吉原の町並みと風俗を散歩します。地下鉄日比谷線の入谷駅を出ると、まず目につくのが大手家具小売のハヤミズ家具センターのビルです。不況の影響受けて経営破綻しましたが、店舗兼本社ビルは、そのままです。

入谷から金美館通りを経由して吉原へ向かいます。吉原へ歩いて行く道としてはもっともオーソドックスな道順です。昔、金美館という名前の映画館があった(写真の東京菓子会館のあたり)ことが、金美館通りの名前の由来だそうです。なんとなく妖しい響きのする名前です。

金美館通りの歩道を歩くと、「これから吉原へ行くんだ」という気分になってきます。

「第一食品」や「入谷市場」という名前のスーパーがあるあたりは下町風情が残っています。

渡鹿野島(市街地近くのアパート)昼間は静かです。

渡鹿野園地から市街地の方へ向かいます。途中、アパート等の建物が点在しています。

市街地を北側に奥に入り、坂道を少し登ってみます。昼間はとても静かです。

島の市街地を見渡すと旅館のある市街地の中心部とその周りの居住地が見渡せます。

島の住民の住居と思われるアパートがあちこちにあります。