上村敏彦東京花街・粋な街街と暮らし社2008
尾久花街の元はラジウム温泉

P.204
大正3年、碩運寺(せきうんじ)の住職が「寺の湯」と称するラジウム温泉を開業すると、保生館・清遊館・大河亭・小泉園・熱海・旭館・光泉閣・富倉館・熊野館・石橋館などの温泉旅館が次々とオープンし、電車道の両側には30軒ほどの料理屋ができた。
大正11年、指定地の許可を受け、二業組合が誕生した。組合長が小泉園、理事に料理屋側から大河亭、川端亭、不老閣、花柳界の芸妓置屋側から、三河屋・福本・千代本・橘屋で組織されていた。

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尾久(割烹「熱海」)大正6年、荒川の地で割烹料理店として創業。