野田(蕎麦店)野田銀座の老舗。

野田銀座※1 の通り沿いのそば店「住吉」。

昭和の商工名鑑*1 や商工地図*2 にも載っている老舗です。

店内。

かつ丼の定食とビールを注文。

参考文献

*1 野田商工会議所 野田商工名鑑 昭和38年度版 1963.8

P.199
芸妓置屋 中…

*2 東京交通社 野田市流山町 日本商工業別明細地図之内 No.1195 1956

参考記事

※1 野田(野田銀座)芸妓置屋があった通り。国際クラブ。2022-05-23

野田(野田銀座)芸妓置屋があった通り。国際クラブ。

かつて野田銀座*1 と呼ばれていた通り。

昭和38年の「野田商工名鑑」によると、この付近には芸妓置屋がありました。*2

国際パブ。

明治~大正の頃は、近くに醸造工場(粕谷第五醸造場)があり、この通りには人車鉄道が通っていました。*3

参考文献

*1 東京交通社 野田市流山町 日本商工業別明細地図之内 No.1195 1956
*2 野田商工会議所 野田商工名鑑 昭和38年度版 1963.8

P.199
芸妓置屋 中…

*3 報文社 野田町全図(部分) 1915

千葉県野田町全図(大正四年)をもとに作図。

この記事を参照している記事

野田(蕎麦店)野田銀座の老舗。

野田(ビジネス旅館)交差点の角に面した入口。

香取神社の北側の十字路。

旅館の入口は交差点の角に面しています。

「馬酔木」。スナック店などでよく見かける屋号です。

北側の道はゆるやかに弧を描いています。

野田(香取神社の富士塚)境内の奥。粟嶋大神。

野田市上花輪の香取神社。かつては、この付近に多くの醸造所が密集していました。

境内の奥にある富士塚。3mぐらいはありそうな大きなものです。

麓に安置されている粟嶋大神。

頂上からは、反対側の道路の交差点が望めます。

野田(明治牛乳の牛乳箱)商店だったと思われるお宅。

醤油発祥の地の碑のあるあたりから東側へ延びる通り。

商店だったと思われるお宅。

木造家屋に木製の牛乳箱はよく似合います。

横開きタイプです。

野田(野田醤油発祥の地の碑)室町時代に飯田家の工場跡地

今回は、野田(千葉県野田市)の町並みを散歩します。
野田市街の中心部。野田郵便局の流山街道を挟んだ反対側の路地を少し入ったところに、野田醤油発祥の地の碑があります。

この地は、室町時代に飯田家が初めて野田で醤油を醸造した場所です(碑の案内文より)。

野田市の文化財に指定されています。

鳥居に、茂木房五郎(野田醤油(現キッコーマン)社長)の名が刻まれています。

木更津(吾妻神社の富士塚)社殿の左側。富士浅間大神。

吾妻神社社殿の左側(道路側)。

富士塚があります。

高さ2m近くありそうな富士塚です。

富士浅間大神。
日本神話に登場する木花咲耶姫(このはなさくやひめ)、邇邇芸命(ににぎのみこと)、磐長姫命(いわながたらしめのみこと)が祀られています。

木更津(吾妻神社)きみさらず伝説。石塔に楼名。

陸上自衛隊駐屯地の近く、木更津市吾妻2丁目にある吾妻神社。
吾妻神社の祭神は、弟橘媛(おとたちばなひめ)。弟橘媛は、日本書紀に登場する伝説上の英雄「日本武尊(やまとたけるのみこと)」の妃です(吾妻神社 案内板より)。

入口に建つ石柱の側面には、「君去らず 袖しが浦に立つ波の その面影を 見るぞ悲しき」の歌が刻まれています。

社伝には、日本武尊が東征の際。相模から上総へ海を渡ろうとした時、荒れた海に身を投じた弟橘媛の袖がこの近くの海岸に漂着したので、これを納めて吾妻神社を建てたとあります(吾妻神社 案内板より)。

「君不去」=きみさらず=木更津と呼ぶようになったといわれています(きみさらず伝説)。*1

この「きみさらず伝説」にあやかったのでしょうか、吾妻神社には、遊廓寄進の石塔があります。
右側の石塔には、「第一京都樓」と刻まれています(写真右下)。

左側には「第二京都樓」。

木更津遊廓の遊女たちは、開店前のひととき、吾妻へ参詣したそうです。*2

参考文献

*1 木更津市観光協会 木更津市観光情報 リンク
木更津市の歴史 リンク

木更津の地名の起こりは、日本最古の歴史書「古事記」(7世紀頃)に登場する武…

*2 高崎繁雄 木更津地名散歩 新千葉新聞社 新千葉新聞 連載
⑥ さかんだな 1976.3.5

仲片町公会堂のあたりは昭和10年代は海だったところで、通称八幡屋のカシとい…

木更津(紅雲堂書店)木更津町鳥瞰図を販売中。

本町四つ角から少し入ったところにある紅雲堂書店。昔の佇まいのままの建物です。

軒下の屋号。

2010年頃から、まち歩きを目的とした鳥瞰図パネルが設置されるようになったためでしょうか。こちらの書店では、木更津町鳥瞰図の販売も行われています。

紅雲堂の位置が記されています。

木更津(旧金田屋洋品店)。昭和7年に建てられた看板建築。本町通り。

本町四つ角(中央2丁目)の角に残る看板建築。
「本町通り」には呉服屋などのお店や銀行などが軒を連ね、木更津の商業の中心地として栄えていました。*1

現在の建物は昭和7年に建てられた看板建築です。*1

モダンな外観は今も本町四つ角の目印として異彩を放っています。*1

現在は、時計修理・ラジオメーター・アンティークの専門店「金田屋リヒトミューレ」となっています。(前回(2007年)、訪れたときは、「レディースサークル ひまわり」でした。)

参考文献

*1 みなと木更津再生構想推進協議会 ぶらり木更津まち歩き
本町通りの旧金田屋洋品店 街なみの情景(現地案内板) 2010.3

昭和4年の絵図で金田屋洋品店のところが本町四つ角と呼ばれ、ここから南に「九…