中川保雄古河の花柳界とその界隈 : 資料集下田出版
見番・芸妓置屋・芸妓

P.217
野木神社の一の大鳥居には「明治二十七年古河町芸妓連中奉納」と刻まれている。
あれだけの石の大鳥居を奉納することができるくらい日光街道の宿場だった横山町花街がいかにさかんだったかを知ることができよう。

P.252
瘡守(かさもり)稲荷と「女拝み」の絵馬
横山町の瘡守稲荷神社は、横山町通りの「みのや食堂」の角を入ると、昔の海老新横丁の中程にある。このお稲荷さんは、花柳界とその界隈で働く女性達が、「花柳病の平癒を祈った」と伝えられている(古河市史民俗編)。

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花街の女達の信仰を集めた淡島様
隆岩寺の西隣に、田町のおいなりさんで知られる福寿稲荷が鎮座ましまして、その末社に淡島さまというお祠があります。本殿の西の広い境内の一角の小さいお宮であります。淡島さまは女の方が参詣するお宮で、ご婦人の願いを叶えてくれる神さまといわれております。その昔、横山町が殷賑を極めた頃は、花街の女たちの信仰を集めました。近くは糸の町といわれ、製糸業が経済を潤した時代がありましたが、一口に糸姫三千人といわれました。ホームシックに耐えられない彼女たちは、人知れず淡島さまにお願いをいたしました。