産経新聞社正論 令和3年11月号産経新聞社2021.11
将口泰浩文人論客壺中之天(ぶんじんろんかくこちゅうのてん)(Vol.49)我孫子 弥生軒×山下清

我孫子界隈で一番有名な店が立ち食い蕎麦「弥生軒」である。電車を乗り継いでも客が訪れるのは、名物の唐揚げそばが目当てだ。もともと弁当屋だったが、。30年ほど前から、もも肉の自家製唐揚げを出すようになった。弥生軒のもう一つの名物が、山下清だ。浅草で生まれた清は12歳の時、千葉の保護施設「八幡学園」に入園する。指先のリハビリを兼ねた貼り絵で天分を発揮する。八色の色紙をちぎって貼るだけでなく、使用済み切手なども細かく刻み、草花の繊細な色調を表現するようになった。18歳のとき園を脱走し、放浪するうちに、当時弁当屋だった弥生軒に拾われる。弁当におかずを入れる作業なども手伝ったがアイスクリームに小さな紙でさじを貼る作業が素早いことが周囲を驚かせた。誰も清が貼り絵の名人とは知らなかった。