秦野市曲松の國栄稲荷神社の隣に、「大山道矢倉沢往還」の碑が建っています。
碑の説明文によりと、この場所は、江戸時代、小田原街道と矢倉沢往還の2つの古道が交差していた場所で、大山や富士参詣をする人々で賑わいました。
江戸屋喜平治の建てた道標。写真奥は、國栄稲荷神社のです。
碑の左面には、「小田原 いいすみ みち」と彫られています。
「大山道矢倉沢往還」の碑の説明文:
古道解説
ここは、東西に通る矢倉沢往還(江戸赤坂と駿河国吉原を結ぶ)と渋沢峠を経て小田原に至る小田原街道が南北に交差しており、大山や富士参詣をする人々で賑わった。曲松から北に進むと運動公園付近で水無川を渡り田原を経て大山に至る道を「どうしゃみち 」と称し、季節になると参詣や巡礼の人々が行き交った。また、大山参詣 や大山講 の人々によって数多く道標 が建てられ、近くに江戸屋喜平治の建てた道標もあり、宿屋も何軒かあったという。
碑の左面には、大山みち。
碑の背面には、寛政8年(1796年)の建立であることが刻まれています。
正面には、「右 ふし道 さい志やうじ 山の道 左 十日市場」