島田筑波江の島と音曲島田筑波1929
巳待講と吉原

新吉原仲の町の引手茶屋と廓内の芸者幇間の連中を以て組織された巳待講という講中が出来たのは、明治18年5月で、今その連名の名前は、無熱池の石垣に彫りつけられてあるから、ここに掲げてみよう。

新吉原巳待講

西の宮   大島屋
近 半   丸伊勢屋
尾張屋   伊勢久
吉 村   泉 虎
東 屋   桐 佐
久大和屋  長崎屋
山口巴屋  平よし
萬 千   大 吉
(以下、芸妓の名)

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江の島(最勝銘碑)南方熊楠の「江島紀行」にも登場。