茂原駅前に建つ駅前ビル。1階は、飲食店街になっています。

昔ながらの洋食屋。

店内は、バーのような雰囲気。

ナポリタンとビールを注文。

こうどせいちょうき
茂原駅前に建つ駅前ビル。1階は、飲食店街になっています。
昔ながらの洋食屋。
店内は、バーのような雰囲気。
ナポリタンとビールを注文。
房総横断道路沿い。
交差点脇に1軒屋の建物。
サロン(風俗店)と軽食が併設された店舗です。
現在は休業している模様です。
今回は、茂原(千葉県茂原市)の町並みを散歩します。
茂原の榎町商店街と駅前通り商店街は1970年代か ら1980年代に最盛期を迎えました。*1
現在も当時からの商店が建ち並んでいます。
商店街は500mほど続きます。東側の通りにも看板建築が残っています。
住居部分と一体となったお菓子屋さん。
佐竹商店街(台東3丁目)は、江戸時代に佐竹藩の屋敷があたことから名づけられた商店街で、南北300mに及ぶ長大な商店街です。
商店街にある「吉田屋」。
「モスリン店」※1 の看板が掲げられています。」
竹久夢二の作品。
入谷の交差点。遠くには東京スカイツリーが見えます(写真左奥)。
北上野側の交差点の角のビルの2階部分に、「モスリン店」と書かれています。
「モスリン(織物)」という呼び名は、毛斯綸紡織(株)(1896(明治29)年設立)の社名※1 や大阪の「モスリン大橋」という橋の名前※2 に使われました。明治時代の殖産興業政策を連想させる呼び名です。
歩道橋から見たモスリン店。
東上野三丁目のビル街。通り沿いには、仏壇店が連なっています。(写真の左右の店舗はいずれも仏壇店です。)
通りを南へ入ったところにあるラブホテル。
モダンなデザインの入口。
反対側(南側)から。
今回は、上野(東京都台東区)の町並みを散歩します。
JR上野駅の東側(東上野三丁目)のビルの地下1階にある純喫茶「古城」。
入口の階段のステンドグラスには、白馬の騎士が描かれています。
店内は、荘厳な雰囲気です。
ココアを注文。
京成電鉄幕張駅前。線路沿いの通りに中華料理店があります。
「町中華」という言葉がぴったりくるような中華料理「松楽」。
テーブル席3つとカウンター席。
チャーハンとビールを注文。チャーハンには大きめのチャーシューがたくさん入っていて、風味と歯ごたえが充分です。
京成電鉄幕張駅近くの線路沿い。舗装されていない道の先。
美容室「ローズ」の看板
木造家屋の美容室です。
「パーマ」の大看板は、遠くからでも見えます。
今回は、幕張(千葉県千葉市花見川区)の町並みを散歩します。
JR幕張本郷駅の南側。京葉道路幕張インターの東側にラブホテル街に、宇宙船の形をしたラブホテルがあります。
正面入口。
入口のゲートには、ロケットを模したオブジェ。
宇宙船の丸窓。
今回は、新小岩(東京都葛飾区)の町並みを散歩します。
新小岩二丁目の住宅街。
児童公園の隣に大ゲートが出現します。
住宅街の中のラブホテル。
L字型の小路を抜けると反対側にもゲートがあります。
下谷1丁目の住宅街。
交差点の角に、古いコンクリート製の建物があります。1階には店舗。同じビルに質屋の看板が残っています。
建物の側面。
側面の窓の配置から、3階建ての建物であることが解ります。
鶯谷駅前の「ダンスホール新世紀」。
隣のビルの屋上に残る「銀星 PLAYSPOT GINSEI」のレトロ大看板。パチンコ店か何かだったのでしょうか。現在、「銀星」の店舗はビル内には見当たりません。
1Fにある歌謡曲カフェ。
鶯谷駅からの遠望。
鶯谷のラブホテル街は、駅前の言問い通りの南側が中心ですが、言問い通りの北側にも大規模なホテル街が立地しています。
敷地内に祠のあるラブホテル(写真中央に祠の屋根が見えます。)
メインの通り。
西側には、高層階のホテルが建ち並んでいます。
今回は、鶯谷(東京都台東区)の町並みを散歩します。
鶯谷駅南口の陸橋を渡った線路沿いに、木造三階建ての建物が連なっています。
飲み屋街。
スナックの入口。
シスタービル。
レトロな建物が残っているおかず横丁。
理容室(バーバー)。
レトロなパーマ屋さん。
交差点の角の赤い建物の美容室。
浅草橋の北側。鳥越1丁目のおかず横丁。
看板建築の商店の建物など、昔の商店街の雰囲気が残っています。
銅板が貼れた重厚な感じの看板建築。
裏側からの眺め。
かつての花街があった柳橋一丁目。
篠塚稲荷神社の隣に、老舗やきとり店があります。
釜めしと焼き鳥。
焼き鳥定食と日本酒を注文。
かつての柳橋の花街は、墨田川沿いにありました。
「昭和37年の柳橋マップ」*1 によると、この通りの東側(写真左側)に、「料亭深川亭」「料亭子安」「料亭卯の木」「料亭はやし」「料亭津久松」「料亭柳水」がありました。
佃煮屋の「小松屋」のマーク
反対側(南側)から。
墨田川からの遠望。現在はビルが建ち並んでいます。
下町風俗資料館の2階の特別展示(令和元年12月7日~令和2年2月24日)は、資料館が所蔵する「江戸風俗人形」の展示です。
吉原の妓楼「三浦屋」を再現したものです。檜細工師・三浦宏氏による建物(模型)は30年以上も前に制作されたものだそうです。*1
内所」と呼ばれる、妓楼の楼主の居間。
格子を組んだ「張見世」。
花魁。
上野公園にある台東区下町風俗資料館。
1階は大正時代の下町の町並みを再現した常設展示です。長屋の井戸端が再現されています。
物干し竿。
駄菓子屋の店内。
今回は、上野(東京都台東区)の町並みを散歩します。
JR上野駅ガード下にあるカレー専門店「クラウン」。王冠のマークが目印です。
開業当時の上野の写真なども飾られていて、歴史を感じます。
自販機で食券を買います。大盛りはダブルまで。チキンカレーはチキンカツではありません。
カツカレー大盛りにさらに大盛り券(1枚)とビールを注文。満足のボリュームでした。
真金町2丁目の旧遊廓街の北側の通り。中央に緑地帯を持つ道幅の広い道路です。
ラブホテルの建物。
入口には、フリータイムとSTAYの2つの看板。
古い看板。
今回は、真金町(神奈川県南区)の町並みを散歩します。
横浜橋交差点の東側に。スナックが建ち並ぶ通りがあります。
1軒屋のスナック。
3軒長屋のスナック店。
2軒が並ぶスナック街。
今回は、福富町(神奈川県横浜市中区)の町並みを散歩します。福富町の商店街には、ハングル語の看板が密集しています。
韓国料理の店。
小料理店の看板もハングル語です。
美容室。
伊勢佐木通りの隣にある親不孝通りは、現在は風俗街となっていますが、その中に古いアパートが残っています。
玄関部分は、黄緑色のタイルで装飾されています。
建物側面のタイル。
黄緑色とピンク。
曙町4丁目の四つ角の古い住宅。
建物の角に目的不明のタイルの柱があります。昔、お風呂場などでよく使われていた丸玉石モザイクのタイプです。
ほぼ正方形の四角柱。
かなりの年数が経過していると思われますが、タイルの輝きは失われていません。
曙町の親不孝通り。
2階部分がレトロな感じです。
赤線建物を思わせるアール形状の庇。
白い円柱。
曙町の親不孝通りを西へ進んだ伊勢佐木町六丁目。
昔は左側にも飲食店が建ち並んでいました。※1
現在は、片側のみが残っています。
以前は、この写真の右手前のあたりに、黒い円柱を持つ建物が残っていました。※1
伊勢佐木町に、青江三奈さんが歌った伊勢佐木町ブルースの歌碑があります。
青江三奈さんは、横浜の「ナイトアンドデイ」というナイトクラブの歌手でした。*1
伊勢佐木町ブルースを歌った青江三奈さんは、当時、森進一さんと並んで、「ため息路線」として大きく売り出されました。*2
歌碑の楽譜には、冒頭の「あ~、あ~」の部分には、「ため息」と記されています。
伊勢佐木町ブルースのおかげで、伊勢佐木町の名は全国に知れわたることになりました。
歌碑の台座のボタンを押すと、内蔵されているスピーカーから、青江三奈さんが歌う伊勢佐木町ブルースが再生されます。
*1
【参考文献】
*1 松葉好市,小田豊二:横浜物語(集英社,2003)P.259-P.260
*2 鈴木則文:日本の映画とロックと歌謡曲(2007)
伊勢佐木町の長者町8丁目。
イセブラ小路と名付けられた小路があります。
気が付かずに通り過ぎてしまいそうなL字型の小路。
反対側の入口。
今回は、伊勢佐木町(神奈川県横浜市中区)の町並みを散歩します。
伊勢佐木町通りを北西に入った通り。
昼間は閑散としています。
屋上には、国際クラブ「三千里」の大看板。
現在も高級クラブが営業中です。
JR根岸線石川町駅の西側。中村川の南側の住宅。
ビル型銭湯の小山湯。
階段を下りると入口です。反対側の入口にも通じていて、建物の両側から入れる構造になっています。
小山湯の木製看板。
JR石川町駅前の高速道路の向こう側は、ラブホテル街です。
まるでマンションのような外観のホテル。
老朽化が進んでいますが、近日中に建て替えが計画されているようです。
最近建てられたと思われる上層階に露店風呂が設置されたホテル。周囲はマンションが建ち並んでいますが、ホテルもマンションと同じような外観です。
今回は、石川町(神奈川県横浜市中区)の町並みを散歩します。
JR京浜東北線の石川駅前にある老舗喫茶「モデル」。
内部はレンガで装飾されていて、歴史を感じさせます。
「モデル」のコースター。
年代物のレジ。
元町中華街の南側にある「恵びす温泉」。写真奥は首都高速です。
3階建てのビル。
赤い文字で「恵びす温泉」と書かれた看板。
階段を上った2階が銭湯です。
元町中華街の上海路の北端。
店名は長崎屋。
名物はラーメン、ちゃんぽんですが、実はオススメは「ちゃんぽん麺を使ったナポリタンです。
「昔ながらのナポリタン」とビールを注文。中華街で味わうナポリタンは格別です。
元町中華街の市場通りの北側。
中華街でよく見かける甘栗の店があります。
その隣にあるみやげもの店。
鮮やかなトタン建築です。
建物の後方から。
馬車道の繁華街。
交差点の角にあるアートビルは1階部分が広場になっている落ち着いた感じのビルです。
この1階に設置されてあったベンチは、白化粧のメリーさん※1 の指定席でもありました。
メリーさんを出入り禁止したビルが多かった中、アートビルのオーナーであり、かつてはビル1階に店舗を構えていた「アート宝飾」の代表、六川勝仁さんは、メリーさんを拒むことはしませんでした。
すでに、ベンチは取り外され、1階の「アート宝飾」の店舗は「スターバックスコーヒー」へと変わりました。
野毛の中心部(野毛町一丁目)。
ラーメンの店 菊屋。
「看板による看板建築」と言えそうです。
隣に居酒屋「魂屋」。
野毛町2丁目の繁華街。
飲み屋の多い小路です。
建物の壁に直接手書きされた「鳥居のマーク」と「小便スルナ」注意書き。
反対側から。
野毛の繁華街の中心部。四つ角にホテルがあります。ホテルのビルの1階には、串カツ店などの飲食店舗が入っています。
入口。
西側の小路のホテル側は、木製板塀になっていて、そこには昭和を感じさせるホテルの裏口があります。
ホテルの裏口。
野毛三丁目は、野毛の中心部からは西側へはずれた場所ですが、動物園通りには、飲食店が建ち並んでいます。
中央部に横丁の入口がある建物。
スナック店が密集するビル小路。
奥行のある建物です。
旧川崎宿の西端の日新町にある簡易宿泊所(ドヤ街)。
複数の簡易宿泊所が密集しています。
昭和28年に5軒の宿泊所が開業したのが始まりです。昭和35年には60軒になりました。
テレビ付き。
川崎南町の南側、貝塚二丁目の住宅街にある銭湯の「吉の湯」。
2つの建物(左側はコインランドリ)の間の通路の先が銭湯の入口です。
コインシャワー。
銭湯の建物は、道路の東側に面しています。
川崎南町の西側、市電通りの近く。数店舗の飲食店が散在する通りです。
ラーメンと書かれた大看板。
ラーメン中心のメニューです。
チャーシューメンとビールを注文。
川崎南町の北側の通り。
ストリップの川崎ロック座が営業中です。
レトロな大看板。nudetheater(ヌードシアタ)と書かれています。
建物側面の階段。
風俗店が散在する川崎南町にある小規模な飲み屋横丁。
小料理店など複数の店舗。
現在は、ほとんどの店舗が休業中のようです。
反対側。
かつて川崎宿の一部だった旧東海道沿いの通り(小川町通り)。この付近は、川崎遊廓があった場所です。
この付近は、小土呂新地と呼ばれ、大正11年には南町と呼ばれるようになりました。
江戸時代より飯盛女を抱えた旅籠屋は、風紀上問題が多く、明治35年、この地に移されました。
近くには「新地支」と書かれた電柱標識があります。
旧東海道から南へ入った場所にある南町公園。
ここにも「新地支」のプレートがあります。
今回は、川崎南町(神奈川県川崎市川崎区)の町並みを散歩します。
チネチッタの東側にある商店街の名画通り。飲食店が建ち並ぶまっすぐな小路があります。
「名画通り商店会」の看板。
和風の飲食店。
まっすぐに伸びる側溝。
権田原バス停の近く。
権田原のハッテンバの第一エリアだった公衆トイレは、最近リニューアルされたようです。
権田原の地名を冠した公衆便所です。
JR信濃町駅前の歩道橋から、権田原公衆便所方面への遠望。
JR信濃町駅を下車し、外苑東通りを南へ進むと、「権田原(ごんだわら)」の交差点があります。交差点の角には交番があって、交差点の北東側に、明治記念館。南東側に東宮御所、西側に明治神宮外苑が立地しています。
かつて、このエリアは、「権田原」という名のハッテンバでした。ハッテンバとは、ある一定の場とか施設が時間帯によってその機能を変質させられ、男性の同性愛者の性行動をうながす場となっているところを指しています。そこは、公園であり、公衆便所なのですが、夜になるとどこからともなく集まってくる男たちによって、開放的な性行動の場に変質させられました。権田原のハンテンバのエリアは、第一エリアから第三エリアと呼ばれる三ヶ所があって、その最盛期は、1961年から1971年までの10年間でした。第一エリアは、権田原バス停近くの公衆便所、第二エリアは、明治神宮外苑の森の入口の公衆便所で、第三エリアは、第二エリアの南側の前方の小公園でした。*1
1964年、東京オリンピック開催のため、第一エリア周辺が道路整備事業の対象区域となると、人々は向かい側の第二エリアに移動しました。やがて第二エリアも柵がめぐらされ、入口が閉ざされてしまうと、人々は第三エリアに移動しました。
ところが、第三エリアに隣接した都営住宅の住民の騒音拒否運動の抵抗にあい、住民の都への働きかけによって、東京都公園管理事務所は、夜間は閉門の措置をとったため、権田原のハッテンバは消滅しました。*1
現在も、そのためか、夕方16:30以降、公園の門は閉ざされます。
【参考文献】
*1 現代風俗研究会:現代遺跡・現代風俗91(リブロポート,1990)P.168-P.175
信濃町駅前の駅ビルの「味の名店街」には、歴史のある飲食店が集まっています。
地下1階の老舗カレー店。
メニューは、ポークカレー(並、中、大)のみです。
カレー(大)とビールを注文。キャベツは食べ放題です。
今回は、信濃町(東京都新宿区)の町並みを散歩します。
信濃町駅北口にそびえるトーシン信濃町駅前ビル。
1階には、レトロ感漂う名店街の入口があります。
「地下街入口」の看板
飲食店の名店の名が並びます。
たくさんの公衆トイレが整備されている飲み屋街の「塙山キャバレー」ですが、一方で、小便禁止看板もあちこちに建っています。
立小便の標的になりそうな空地。
赤文字の部分はかすれています。
中央の広場の看板。
塙山キャバレーの飲み屋街。トタン建築の店舗が建ち並びます。
国道沿いに隣接して、建物が弧を描いています。
塙山キャバレーには、トイレが数か所あります。
女性用トイレもあります。
常陸多賀駅の南西約1km。国道6号線の交差点「塙山十字路」。
交差点の角に飲み屋群が忽然と姿を現します。
飲み屋群は、「塙山キャバレー」と呼ばれているようです。
交差点の南東側の一画にトタン建築の飲み屋が密集しています。
常陸多賀駅の駅前の商店街の裏側。この付近はスナックや風俗店が散在するエリアです。
レトロな感じの風俗店ビル。
入口。
道を挟んだ向かい側の店舗。
今回は、常陸多賀(茨城県日立市)の町並みを散歩します。
JR常磐線常陸多賀駅前の商店街にあるひかり食堂
大衆食堂です。
レトロな店内。
この店の名物「背脂ラーメン(麺大盛り、野菜増し、ニンニク有り)」とビール(大瓶)を注文。
盛りの大きさには驚愕です。麺とスープにたどり着くまでは、野菜炒めを食べている状態です。
しもだて美術館の北側にある老舗の蕎麦店。
屋号は「三代目 塙屋」。歴史を感じさせます。
まずは、日本酒を注文。
蕎麦は独特の細麺です。
羽黒神社の東側の住宅街。レトロな食堂がある通りです。
銭湯の松の湯。
本格的な宮型銭湯とは言えませんが、入口部分に唐破風のようにデザインされた庇。
現在は休業中のようです。
煙突。
稲荷町の旧花街。料亭があった通り(写真奥)※1から路地を入ったところ。
趣きのある建物。
看板建築です。
従業員募集の貼り紙
今回は、玉戸(たまど、茨城県筑西市)の町並みを散歩します。
JR線水戸線の下館駅の東隣の玉戸駅から国道50号線を西へ約1Km。国道沿いに2階建ての建物があります。
1階はスナック街です。
東端には、マッサージ店の看板。
東側から。
藤沢駅北口の小路。
札幌ラーメンの店「こぐま」があります。
店内には、木彫りの子熊。
名物の牛乳ラーメンを注文。
マンションが林立する藤沢の繁華街跡の西側。
道路沿いに2階建ての飲食店ビルがあります。
飲食店は1階と2階の両方にあって、ビルの入口中央には2階への上る階段があります。
レトロな看板。
以前は、両側に和風スナックや小料理屋が並んでいましたが、現在、片側にはマンションが建っています。
いざかや「ひよこ」※1は、小鳥の街にも同じ屋号の店舗がありました。こちらに移転してきたのかもしれません。
サロンの看板。
かつての藤沢の歓楽街の中で、唯一残っている飲み屋街です。
藤沢のかつての歓楽街は、現在は多数のマンションが林立する町並みに一変しています。
スナック街の「小鳥の街」※1、「湯房ふじさわ」※2などがあった場所は、駐車場になっています。
仙成旅館と和風スナックが建ちならんでいた場所※3 もマンションに建て替わっています。
かつての面影はありません。
今回は、藤沢(神奈川県藤沢市)の町並みを散歩します。
駅の北側。藤沢銀座通りから50mぐらい入ったところにある飲食街。
2006年に訪れたとき※1 と比べかなり荒廃が進んでいます。
店舗の内部は意外と綺麗です。
この飲食街の北側にはスナックが営業中です。
長崎市街の「中央橋」バス停。名前の通り長崎市の中心地にある橋です。
バス亭「中央橋」に設置されている白ポスト。
有害図書類回収ポスト。
丸型です。
長崎市街の思案橋横丁※1 にある中華レストラン「よこはま」。
創業60年だそうです(店の看板より)。
長崎チャンポンは、明治時代、長崎に住んでいた中国人たちによって作られ、中国からの留学生たちに栄養がありしかもボリュームもあるので大変喜ばれていました。その後、長崎ならではの新鮮な山海の幸と工夫が加えられて、長崎中に広まり、長崎の郷土料理として育ちました。※1
「よこはま」のネオン塔。
銅座町の繁華街に、「シバヤンジ通り」と名付けられた飲み屋の路地があります。
銅座付近には以前、芝居小屋が点在しており、当時の人は「芝居小屋の地」を「シバヤンジ」と呼んでいたそうです(案内看板より)。
路地はL字型に曲がって続いています。
反対側(西側)から。
夜の様子(上の写真と同じ場所)。
数年前まで、この付近にあった銅座市場は、現在は解体され、市場の下の動座川が見える景観になっています。
川の両脇の建物は残されたままです。
銅座川。
逆方向から。
長崎丸山町から船大工町へ通じる小路。
階段を下りながら角を曲がっていきます。
風情のある石段。
反対方向から。
今回は、長崎稲佐(長崎県長崎市)の町並みを散歩します。
長崎湾に近い旭町には、古くからの商店街があります。
似たようなデザインの店舗が連なっています。
美容室の部分だけが看板建築です。
長屋風の商店街の1階の美容室。
遊廓街だった戸町一丁目の通りにある理容室。
「調髪館」と書かれています。
入口のドアには取っ手が斜め取り付けられています。
水色の窓枠。
今回は、小城(佐賀県小城市)の町並みを散歩します。
JR唐津線小城駅の北側の通りは、スナックが散在する住宅街になっています。
スナックと割烹料理店。
この付近には、映画館の桜座がありました。*1
桜座があった敷地の隣に建つスナック。
キムチ横丁※1 の中央。通路が交差するあたりに公衆トイレがあります。
広々としたトイレ。
男子小便器の中国語の貼り紙。漢字から、だいたい意味は想像がつきます。
「文明にとっては大きな一歩だ。」
東上野2丁目の「キムチ横丁」と呼ばれるコリアンタウン。※1
2棟の建物の間が生活通路になっています(南側より)。
ディープな雰囲気の通路。
逆方向から。
横丁の中央部。通路が交差するあたりに公衆トイレがあります。
JR板橋駅の北西側は飲食ビルが密集する繁華街です。
1階が飲食街の入口になっているビル。
通路はL字型になっていて続いています。
反対側の出口。
坂下1丁目交差点の北東にある「坂下マーケット」。看板に書かれている通り、かつては、精肉、鮮魚、青果、食料品、酒類、蒲鉾、菓子類の店が並ぶマーケットだったようです。現在は、入口付近の精肉店とリサイクルショップが営業中です。
マーケットの中央の通路。
かつての鮮魚店の名残。
反対方向(北東側)の入口。マーケットはL字型になっています。
都営三田線の志村坂上駅で下車。城山通りを100mほど進んだところにある1階に立喰いそば屋のビル。
立喰いそば屋脇に、通称「トンネルマーケット」と呼ばれる商店街があります。
ビルの1階の商店街は、さらに奥のビルへと続いています。
いつくかの連なったビルの1階が長い商店街になっています。
志村坂上駅から南へ800m。
住宅街の中にある大衆食堂。
暖簾に書かれているとおり、「大衆食堂」と言える店内。
かつ丼とビールを注文。
中山道から、南へ10分ほど歩くと「遊座大山商店街」の入口です。
商店街を歩いていると、やきとりのいい匂いが漂ってきます。
やきとり、鳥レバー、すなぎも、鳥かわ、つくね、すべて110円です。
やきとり5本と日本酒を注文。
今回は、津田沼(千葉県習志野市)の町並みを散歩します。JR津田沼駅の西側。JRの線路と御成街道ど斜めに交差する地点に、ラブホテルが建っています。ビルの前面が広告スペースになっている狭小建物です。
突端部分に入口。狭小建物の特徴※1 です。
入口を廻り込むようにして裏側へ回る通路があります。
地元の人のみが利用するホテル裏側の通路。写真右側のフェンスの向こう側はJRの用地です。
成増駅の南西側の旭町三丁目。ここからは練馬区です。川越街道から南へ少し入ったところに、小規模なスナック街があります。
スナック星。
四つ角のスナックビル。
白い壁のスナック店。
成増駅前の立ち食いそば屋の「どん亭」。
名物は、焼肉ライスです。
券売機には、各種そばのボタンが並びますが、上部に焼肉ライス、特盛焼肉ライス、特々盛り焼肉ライスの大型ボタン。
焼肉ライス(普通盛り、500円)を注文。普通盛りでありながら、このボリュームです。
今回は、成増(東京都板橋区)の町並みを散歩します。
成増駅南側は、駅前の繁華街です。
現在、成増会館がある場所には、映画館の成増国際劇場がありました。
踏切を渡って、線路沿いを北西方向へ進んだあたりには、映画館の「成増東映」がありました。
近くには、「成増北口商店街」のゲートがありますが、商店街らいしい雰囲気はありません。
八王子駅前のビル。
純喫茶「田園」は、このビルの2階にあります。
レトロな店内。一人でものんびり過ごせます。
クリームソーダを注文。
八王子の中町東側のエリアでは花街の風情が復活*1*2 していますが、西側はスナック街になっています。
南側の富士見通りに近いあたり。
韓国パブとフィリピンスナック。
逆方向(北側)から。
大宮の南銀座*1 の裏通り(線路沿い)。かつては風俗店だったと思われる電飾看板が残るビルがあります。
その隣にある「明朗会計」の大看板。
ビルの脇の路地。
ビルの表側。このビル全体が明朗会計店です。
今回は、大宮(埼玉県さいたま市)の町並みを散歩します。
大宮駅東口の高島屋裏の通り。
アパート風の建物の1階にある食堂。
食事処「多万里」。
ラーメン(大盛)とビール(中瓶)を注文。
菊坂の商店街。
コロッケで有名な「まるや肉店」。散歩をしていると、コロッケだ食べたくなります。
揚げたての「菊坂コロッケ」は120円。たくさん並んでいます。
菊坂コロッケ2個とハムカツ1枚を購入。