-全国 福岡県 > 中洲 1薬局の看板 2國廣稲荷神社 3料亭「老松」 4無料案内所 5アダルトショップ 6南新地の屋台 7長浜屋台 8南新地 9多門通り 10人形小路

中洲(國廣稲荷神社)ビルの谷間に埋もれてしまっています。

中島浜新地の近くに、小さな稲荷神社があります。

中洲國廣稲荷神社由来が記されている案内板。
江戸末期、天保年間、筑前黒田藩は、藩の財政立て直しの為、中島浜新地(現中島町付近)に歓楽地帯を設置し、芝居や富くじを催したのが、現在の中洲町のはじまりでした。
新地の繁栄にともない、天保5年(1834)それまでは小さな社であった中洲稲荷神社が改築され、立派な神殿や石灯篭が寄進され、境内には、地元有志や芸妓の名を彫った玉垣もできました。(案内板より)

現在はビルの谷間に埋もれてしまっています。

狛犬の台座に刻まれた寄進者にアサヒビール園の名があります。
アサヒビール園は、大正12年の中洲大火災の翌年に、跡地にできたビヤホールです。*1

【参考文献】
*1 咲山恭三:博多中洲ものがたり 後編(文献出版,1980)P.134-P.135

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