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海野(旅籠跡)飯盛女を抱えていた旅籠屋も存在しました。

海野宿の道幅は広く、約10mで、中央部に水路が設けられています。この水路は、元来は生活防火用水で、洗濯、野菜洗い、洗面等に使われていました。現在は、柳、桜、や草花が植えられ、風情の町並みになっています。*1

海野宿資料館にもあった出桁造りの出窓。

海野宿には、飯盛女を抱えていた旅籠屋も存在しました。「海野格子」の家は京都の伏見あたりの女郎屋の造りと非常によく似ているものです。*2

旅籠屋の看板。

参考文献

*1
工学院大学建築学科伊藤研究室海野宿町並調査報告工学院大学
海野宿の町並

海野宿の道幅は広く、約10mで、中央部に水路(表の川)が設けられている。元来…

*2
武舍秀雄歴史研究海野海野史研究会 リンク
海野宿の成立 リンク

旅籠屋には、宿振興のため寛政10年(1798)一軒につき2人の飯盛女(めしもりお…

参考記事

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