東京 寅さんの故郷、葛飾柴又は人情味あふれる町2000.01

柴又は奈良の正倉院に収蔵されている養老5年の戸籍に載っている古い歴史の町です。その頃は「島保」と記され42戸、370人が住み、一世帯当たり9人の大家族で暮らしていた、と地元の神社「柴又八幡神社」の拝殿の後ろにある古墳には記されています。
 それから7、800年後に、日蓮宗の開祖である日蓮御上人が、自身で刻んだとされている自画像を祀り、建立されたのが経栄山題経寺という名の「柴又帝釈天」です。以来700年以上もの間、老若男女が参拝に集まり、家内安全・商売繁盛が祈られてきました。
 そしてフーテンの寅さんで有名になるまでは、60日に一度の庚申という縁日だけが賑わい、その他の日は、バラモンの神様帝釈天という戦の神を祀った寺院として、株屋や勝負師等が、江戸川で採れる川魚料理を楽しみつつ参拝していたということです。
 そのため芸者さんもいたし、時折、端唄や三味線の音が聞こえたりもしていました。

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柴又(ゑびす家)天明年間に創業した川魚料理の店。