北村一夫江戸東京地名辞典講談社2008
鶏声ケ窪

以前は、駒込曙町と言ったところ。曙は鶏声から出た名である。ここに酒井雅楽守の下屋敷と向かいあって、土井大炊頭の下屋敷があった。夜毎に鶏の鳴き声がするので、土井家で屋敷内の塚を掘ってみると、金製の鶏が出てきた、という(「江戸砂子」)。この塚を鶏声塚と言った。

浮世小路

P.98
大田南畝(おおたなんぼ)の「一話一言」 によれば 江戸に小路(こうじ)は多いが、ここは加賀出身の人が多く住んでいるので、この小路だけは浮世ショウジと発音するとある。
浮世ござを商う店があるための名とも、昔ここに風呂屋があって遊女などが多くいたための名とも言う。落語「芝居風呂」の湯屋の設定は式亭三馬の「浮世風呂」からの連想か。

講武所
神田明神下同明町に花柳界があった。この三業地を俗に講武所、ここの芸者を講武所芸者といった。 明神下の花街が講武所と呼ばれるのは、旗本、御家人などの二男、三男が武芸鍛錬のため講武所へ行くと言って家を出て、ここで遊んでしたためとか、客に講武所の生徒が多かったための俗称と思える。