福富太郎: 昭和キャバレー秘史 (河出書房新社,1994)

1940年 3月 キャバレー「美松」(榎本正。銀座三越裏)開店 1945年 8月28日 進駐軍特殊慰安施設協会「RAA(レクレーション・アミューズメント・アソシエーション)」が事業開始 1946年 10月 「美松」再開。

P.47 関東大震災から昭和5年ころまでは、キャバレーという言葉はまだなく、すべてカフェーと呼ばれていた。6年には東京にも大きなカフェーができたが、それまではどれも小規模だった。そこへ、大阪で「赤玉」などをやって当てた榎本正・明三兄弟が、女給が何百人もいるような「銀座会館」「美松」などの店をつくり、東京中が席巻された。