*出雲市商工発展誌: *出雲市商工発展誌 (*出雲市商工発展誌,1984)

P.78 昭和33年、売春防止法の施行に伴い、塩治(えんや)有楽町の業者は、数回にわたり対策協議を重ねた結果、旅館、下宿等に転業することにした。(4月) P.586 写真:塩治の新地 今市新町の西(塩治町)にあった新開地・遊廓を昭和11年に現地へ集団移転して、有楽町とした。不夜城の賑わいは昔語り。 P.587 写真:有楽町旅館街 昭和33年4月の売春防止法によって、いわゆる赤線地区の灯は消え、「有楽町旅館街」に一新し、現在数軒が経営している。

P.246 明治43年出雲今市駅開通祝賀会の余興の中に約20人の芸妓の名が見えるが、大正期に検番(芸妓置屋)が今市(現在の出雲市中心街)に4軒、大津(現在の大津町)に5軒、古志に4軒あり、料亭などもあって、夜の社交も賑やかであった。 明治の「ハイカラ」は大正の「モダン」に受けつがれ、「カフェー」がこの辺に出現したのも大正の末ごろである。白いエプロンをつけた女給とたわむれながらビールを傾けた紅燈の巷が代官町・東町辺に現出したのも大正末期から昭和初期にかけてのことである。 「ヴィナス」「キング」が今市駅前の東に店を開いたのが初めで、やがて「東洋軒」「紅や」「鈴や」「朝日」などとその数を増した。 P.471 (夜) <新開地> 町の西端、花街新開地は紅燈、緑酒絃歌の音もなまめかしく、深更までここは別天地である。 <料亭・カフェー> 代官町、鏡町、東山下等には、カフェー軒を並べ客呼ぶジャズの響は、浮世を餘所なる全くの歓楽郷である。 P.523-P.524 地図: 高瀬川に近い八雲小路付近に、木村検番、現在の代官町への入口付近に、ミドリ検番の記載。