朝日新聞社: 朝日新聞.西部版(朝日新聞社,2015.8.2)染めた看護服 太平洋戦争下、国内医療の現実

P.4
終戦の1年ほど前。武雄の女郎屋さんを全部、海軍が借り上げて病舎にしていましたですね。私の病舎は「満州楼」っていう女郎屋さん。3階建てで、部屋に2人ずつ兵隊さんを寝かせていました。毎朝起床ラッパ。「総員起こし、5分前」の号令で。
「日本海軍史」(海軍歴史保存会)によると、海軍は入院患者の激増で病院を次々と新設。武雄の他に、湯河原、雲仙、熱海、城崎など温泉地が記されている。武雄に残る記録は少ないが、ラッパの音を覚えているお年寄りに会えた。「遊廓は10軒以上ありましたな。ガリガリの兵隊さんが哀れでねえ」
遊廓があったとい場所に建つ旅館「白さぎ荘」を訪ねると、オーナー夫妻が館内を案内してくれた。武雄で唯一、中庭に架かる太鼓橋や急な階段など遊廓の特徴的な構造を残しており、偶然にもこの旅館がかつての満州楼だった。「兵隊さんがお礼に毎朝、太鼓橋を拭き掃除してくれて、お陰で漆がはげた」という話が旅館に伝わる。

《関連記事》