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昭和27年(1952)発行の坂出市史によると、商業の業種別数で料理16、旅館26 とある。また、同じ年に東京交通社が発行した坂出の商店街地図によると、商店街とその周辺だけで割烹旅館7、割烹飲食店6 店、芸妓紹介所1とある。当時の人口は約5 万人である。昭和30年頃の坂出をよく知る経済人は、当時「芸者を斡旋する検番が 2 軒あり、芸者は100人余りいた。花代(芸者を揚げる費用)にもルールがあって、座敷に芸者を揚げて いると他店からその芸者にもらい・・・がかかり、これを断ると花代は2倍になり、さらにぜひ・・とも・・というのがあって断ると4倍になった。」と話す。港町坂出にも売春防止法が施工される昭和33年(1958)まで沖湛甫に遊廓があった。近くの人は「日の出・奴・新栄などの店があり、外国の船員さんも来ていた」と言う。