竹内誠: *日本橋・銀座の400年 (ミヤオビパブリッシング,2013)ビジュアルアーカイブス : 東京都中央区

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明治二十八年(1895)、築地精養軒のコック見習いを振り出しに西洋料理の修行をした初代小島種三郎は、内閣総理大臣を務めた明治の元勲山県有朋のお抱え料理人となり、その後、山県家の女中頭の春と結婚し、明治四十五年(1912)、人形町に店を出しました。開業の地は、現座か日本橋かで迷いましたが、「芸者さんが多い街はハイカラなものが流行る」と聞き、江戸時代より芳町の名で親しまれてきた花柳界が盛んで、芸者衆が大勢いる日本橋人形町に決めたそうです。
四代にわたって続くこだわりは「作り置きをせず、できたてを食べていただくこと」。店のモットーは「気取らず美味しく」。
昭和2年当時の小春軒は、現在の店舗の向井側で営業していました。戦時中に強制疎開で撤去され、戦後に現在の場所に移動しました。