五十嵐富夫: 飯盛女 (新人物往来社,1981) 宿場の娼婦たち

P.166-P.170 飯盛女の病気 東海道藤沢宿旅籠屋、小松屋の菩提寺は、宿内の鳳谷山永勝寺と呼ばれている古刹であるが、この寺内の小松屋の墓地には奉公人である下男、抱え女の墓石が、家族の墓石より一段低い位置に並んでいる。 その数は下男4、飯盛39となっているが、これらの人々の没年を調べると、飯盛女の方は、41年間に、39人が死亡している。これは驚くべき死亡率で、1年に一人弱の飯盛女が死んでいて毎年1回ずつ飯盛女の葬儀をしたことになる。飯盛女の生命をむしばんだ原因は瘡気(梅毒)と、それの余病が大きかったようである。

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藤沢(永勝寺の遊女の墓)藤沢宿小松屋の墓地。