>青梅(津雲邸)衆議院議員だった津雲國利の邸宅。>青梅(昭和レトロ商品博物館)昭和のB級文化の宝物。映画看板。>青梅(昭和幻燈館)昭和のアイドルのブロマイド。>青梅(歌声喫茶)懐かしの昭和の店。歌声は元気の元。>上野原(蚕種石神社)八ッ沢発電所の頂上の東隣。>上野原(八ツ沢発電所)明治43年に着工。重要文化財。>上野原(薔薇チェーン)サンヨーの地域電器店ン。全自動洗濯機。>上野原(十五夜本店)老舗寿司店。歴史を感じる店内。>上野原(山田屋商店)牛乳店。3階建てのトタン建築。>上野原(牛乳箱)「三井屋」屋号の残る建物。明治牛乳。>上野原(大正館)大正元年に建設。木造2階建。ファサードはモルタル塗り。>上野原(白ポスト)郵便ポスト、図書館返却ポスト。>藤野(陣谷温泉)源泉かけ流しの檜風呂。陣馬山からの帰り道。>藤野(陣馬山)奥高尾縦走路の西端。標高855m。>藤野(沢井地区の住宅)歴史的建造物。陣馬山方面へ向かう道の途中。>藤野(ホテル跡)国道20号線のトンネルの入口脇。>相模湖(リゾートホテル)勝瀬端橋を渡った向こう側。>相模湖(見晴しドライブイン)昔ながらの中華そば。窓から外を眺めていると落ち着きます。>相模湖(ゲームセンター)相模湖公園。メロディショット。>相模湖(デミタス)いかりやレストラン。ようこそ相模湖。>甲府(魚そう本店)半分の大きさに切り揃えられた甲州握り。>甲府(魚そう北口店分店)大きな握りや太巻き。江戸時代の雰囲気を伝えています。>甲府(山彦旅館)山の手通り沿い。規模の大きな旅館。>甲府(ビデオ店)裏春日通りと銀座通りのアーケードが交差するあたり。>甲府(喜久之湯温泉)太宰治も通った名湯。>甲府(コンクリゴミ箱)四つ足の箱。横倒しの状態。>甲府(芸妓寄進の台座)新柳町は、遊廓と芸者屋が混在していました。>青梅(スミレ写真館)寿々喜家所蔵の写真の展示。>青梅(寿々喜家)「全国花街めぐり」で紹介されている三層楼。>藤野(福龍)食堂が比較的少ないので、貴重な存在です。>藤野(医者の碑)吉野宿が隆盛を極めていたかを立証するもの。>相模湖>藤野(小猿橋跡)大月の猿橋と工法。現在は吉野橋が架かっています。>藤野(吉野宿町並復元模型)明治10年頃のたたずまいを復元。>藤野(吉野宿ふじや)郷土資料館。「藤屋」の屋号で旅館業に従事。再建後は農業に専念。>石和温泉(石和温泉銭湯)銭湯と食堂が合体。「ラーメン」の暖簾。>石和温泉(かどや食堂)店内に大きな柱時計。ラーメンコショー。>石和温泉(ロマンの館)さくら温泉通り。石和秘宝館の文字。>石和温泉(ニュー八田街)コの字型の飲食街の建物。湯けむり通り。>石和温泉(温泉発祥の地の碑)石和源泉足湯ひろば。>湯村(竹中英太郎記念館)挿絵原画などの展示。「銀座事件」復刻。>湯村(湯村食堂)温泉街の中心部。理髪店との二毛作店。>湯村(鷲の湯跡)湯村八蹟。旧技芸組合練習場。>上野原(関山遊廓跡地)鷲神社附近一帯。跡地に建つ旅館の建物。>上野原(小林テレビ店)日立チーェンストール。日立ビデオ。>上野原(ラーメン専門)明日も来てね。曜日によって変わるスペース。>上野原(天野順進堂)マンダムの看板。中身は蛍光灯。>上野原(一福食堂)駅前の食堂。牡蠣バターラーメン。>上野原(割烹旅館)眼前に石垣が迫ります。駅の北側。」>甲府(草津温泉)貢川をわたる荒川橋の近く。入口は緑色。>甲府(都温泉)繁華街の南側の中央5丁目。創業は明治時代。>甲府(六曜館)蔦のからまるレトロ旅館「萬集閣」の建物の1階。>甲府(地球のオブジェ)オリオン通り。開店のお祝いにシチズンから貰ったもの。>甲府(田原屋)紅梅通り沿い。歴史を感じる重厚な木造建築。>甲府(ニュー銀座街)裏春日通り。反対側は「たき通り」。>甲府(浅草飲食店街)甲府の中心街。甲府なのに浅草。>浦賀(味美食堂)おすすめメニュー。アジ、アナゴ。>浦賀(弟橘媛命の記念碑)弟橘媛命の辞詠。明治43年建立。>浦賀(質店)「18才未満の方立ち入りおことわり」のホーロー看板。>浦賀(蔵)東西の浦賀に残っている15棟前後の蔵に昔の名残。>浦賀(愛宕山公園)咸臨丸出港の碑。うがい茶碗を持ち帰った福澤諭吉。>浦賀(叶神社の手洗い石)前面左下に江戸屋半五郎。寛政元年。>浦賀(西叶神社の燈籠)遊女屋の関係者が寄進した一対の銅製の灯籠。>浦和(鹿島湯)格式の高い折り上げ格天井。昔ながらの銭湯です。>浦和(理容いしい)ガス灯のような形状のサインポール。>浦和(フランス屋)歩行者専用道路。ワコール、ハダギ。>浦和(いこい食堂)昔ながらの定食屋。極細麺。>浦和(足立屋)創業明治37年。「初雪氷削機」の名のある氷旗。>浦和(電気店)「エバートロン」の看板。ナショナルのロゴ。>浦和(大戸のお聖さま)現在の御身体は江戸時代後末期のもの。>赤城(ベベ観音)境内入口右側に、自然石の巨大な女陰石。>赤城(福増寺屋)福増寺の門前。名物の焼きまんじゅう。>児玉(琺瑯看板)競進社模範蚕室の南側の通り。肥料の販売店。>児玉(競進社模範蚕室)当時の木造建築がそのまま保存されています。>児玉(ラブホテル)本庄駅から児玉駅方面へ向かう国道463号線の途中。>倉賀野(歴史博物館)原始時代から近現代に至るまでの通史展示。>倉賀野(すかや岩鼻分店)のれん分けで独立し店舗を増やしました。>倉賀野(倉賀野神社)文久3年、三国屋つねが寄進した常夜灯。>倉賀野(太鼓橋の石柱)倉賀野古商家おもてなし館に復元。>倉賀野(おもてなし館)太鼓橋の近く。倉賀野宿に関する展示もあります。>倉賀野(太鼓橋跡)遊女屋の女郎が200両を出してつくられました。>前橋(松の湯)銭湯の脇に水量の多い川。現在は休業中。>前橋(万両)銘木の香るカウンター席。同業者や取引先の名前が刻まれた額。>前橋(風雷)蔦が絡まる建物。年季の入った看板。>前橋(オリオン通り)ダンスホール。映画館のオリオン座がありました。>前橋(太陽の鐘)広瀬川沿い。岡本太郎が制作。>前橋(スナック街)店の入口に、フィリピンの国旗。萱町通りから袋町通りへ向かう通り。>前橋(酒店)三階建て。月之友酒店。高く積まれたビールケース。>前橋(中央ビル)中央前橋駅前。麻雀牌。美やこ食堂。>渋川(クラブふじ)林屋食堂の裏側。ホステス募集の張り紙。>渋川(林屋食堂)ラーメン450円など、とにかく安い。>新松戸>渋川(平沢川沿いのスナック)こちら側は健在。1軒1軒が独立し建屋。>渋川(白ポスト)駅の北側へ移動。屋根部分に傾斜がつけられた独特の形状。>本庄(みんみん)創業は1964年。お薦めは酢豚。>本庄(普寛霊場)密教の聖地。寄進者に吉原の楼名。>本庄(スナックの建物)ピンク色の建物。1階部分は石材で装飾されています。>本庄(クラブ東京)「稲荷横丁」の十字路。前面部分は看板建築。>藤野>上野原>