吾妻町のそば屋の「御清水庵」から細い道を南に入ると、お清水通りです。通りには、御清水不動明王(写真左手前)があって、ここから湧き水が流れ込み、当時は風流な船遊びができる場所でした。*1
旧料亭の多葉喜(泉風楼)。*1
入口付近。
御清水不動明王に掲示されている当時の泉風楼の写真。沼地を前にした洒落た料理店でした。
【参考文献】
*1 徳山孝:続 武生のまち並み(徳山孝,1997)P.53
地域: 武生
たけふ
武生の天王町に、趣のある細道があります。
細道の両脇には、料亭「春駒」「京家」が建ち並んでいます。
入口。
老舗料亭外観。
武生の京町は古くからの佇まいが残る商店街です。木造三階建ての建物もあります。(写真右手前)
美容室の建物。
ブロック塀でデザインされています。
美しいウエーブは女の浪漫です。
武生市街の龍泉寺(深草1丁目)。
ここに、奥村栗子女史の碑があります。
奥村栗子女史は、武生小学校の女教師でしたが、明治7年に芸娼妓授業所取締兼授業師となって、歌、裁縫などを教授しました。*1
明治29年、病没後、門人が碑を建立しました。*1
【参考文献】
*1 武生風土記編さん委員会:武生風土記(武生市文化協議会,1979)P.572
武生の旧尾花新地の北端。
こじんまりとした店舗の洋食屋の「いし川」。
武生と言えば「ボルガライス」
オムライスの上にカツが乗っていて、ボリューム満点です。
旧尾花新地には、スナックの店舗が散在しています。
交差点付近のスナック店。
赤線時代を彷彿させます。
独特の外観を持った建物。
武生の尾花町(現在の桂町)は、遊廓の街でした。12
遊廓街の入口からみると、この一画だけが道幅が広くなっていることがわかります。
明治31年に、各所に散在していた置屋を尾花町に整備したのが始まりで、昭和33年の売春防止法が施行されるまで続きました。1
中央に用水が流れ、両脇には、松並木があります。2
古い建物も残っています。
「尾花支」と書かれた電柱番号札。
【参考文献】
*1 武生風土記編さん委員会:武生風土記(武生市文化協議会,1979)P.555-P.556
*2 徳山孝:武生のまち並み(徳山孝,1994)P.108
今回は武生(福井県越前市)の町並みと風俗を散歩します。
JR北陸本線の武生駅前に設置されている「愛のポスト」。
箱の上面に書かれている説明を読むと、この箱が白ポストであることがわかります。
箱の中には、成人向け雑誌が投函されていました。