横須賀市 新横須賀市史 別編 民俗

船越の町と賑わい

売り出しから「弁天市」へ

菓子店を営んでいた「きくや」の先々代の小田寅之助さんが、池を埋め立てるときに蛇を助けことから、これを池の主として、「妙竜法徳弁財天」の名を江の島の弁財天(藤沢市)から授かり、自宅に祀った。そのため、きくやのある通りは、弁天通りとも呼ばれていた。
昭和33年、弁天通りの名をとって、サービス連盟による売り出しを「弁天市」とした。
昭和39年、小田家に祀られていた弁財天を提供してもらい、商店街のシンボルとして小公園内に置いた。
昭和42年、商店街にアーケードが建設され、弁天市の賑わいはさらに増した。