小野良平 公園の誕生 吉川弘文館 歴史文化ライブラリー ; 157 2003.7

公園制度の誕生

1873年(明治6年)、政府(太政官)から出された布告(「府県は公園に見合う土地を選定して申し出よ」という通達)が公園制度の発祥である。これに従って、東京府は太政官に対して、浅草寺(浅草公園)、寛永寺(上野公園)、増上寺(芝公園)、富岡八幡宮(深川公園)、飛鳥山(飛鳥山公園)の5カ所を公園として伺い出、同様に各府県からも伺いが出された。その公園とは、開国にともない、横浜や神戸などの居留地に外国人が設置を求めた公園(野外レクレーションの場)やいくつかの使節団が見聞した海外の情報から得られた西欧の公園がモデルになったとみられている。しかし、布告の本質的なねらいは、明治6年7月から始まる地租改正にともなう官民の土地所有の峻別化(土地所有者が不明確であった社寺境内地に公園という土地種目を設定することにより、官有ながら社寺の経営を認め、土地を貸して借地料・地方税をとることにできる地目とすること)にあった。たとえば、「浅草公園」では、仲見世などから得た借地料が、東京市の重要な財源となった。