福島茂太 幻の「柏競馬場前駅」はどこに 流山市立博物館友の会 東葛流山研究12号

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千葉県畜産組合連合会が大正末期、千葉市外の椿森で草競馬を行っていたが、地方競馬規則が昭和2年公布され、椿森競馬場はその位置や設備が不適当となった。そのため県畜産組合連合会では県内に競馬場の適地を探していた。
東葛飾郡田中村花野井の吉田甚左衛門は、かねがね競馬の将来を大いに有望視していたので、県畜産組合連合会に豊四季の私有山林「くぬぎ山」を提供(賃貸)しても良いと申し入れた。これによって、県畜産組合連合会では、椿森競馬場の移転先を豊四季と決め、吉田氏に、馬場及び馬場設備一切の計画を依頼した。
吉田氏は、昭和2年、地方競馬としては最大の最新式競馬場を作り上げた。

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競馬場の正面は現在の豊四季団地入口あたりで入場券売り場があり、馬券売り場は中に入った今の団地二四号館付近だったそうである。豊四季団地の反対側に厩舎が七棟並んでいた。一等観覧席は屋根があり、二等観覧席は屋根がなかった。

第一回春季柏競馬開催

経済不況が深刻化するなか、第一回春季柏競馬が昭和3年5月6日から3日間、県畜産組合連合会の主催で開かれた。
柏競馬は毎年春秋二回開催され、昭和13年まで続いた。

戦後の柏競馬が再開

昭和23年7月13日に競馬法が公布され、県では日本光学工業から競馬場を賃借して 同24年2月5日戦後の第一回県営柏競馬が再開した。

日本光学工業が柏競馬場敷地を買収

日本光学工業(現在のニコン)は、昭和18(1943年)年2月、陸軍航空本部発注の爆撃用照準環境や航空写真機の製造工場拡張のため、柏競馬場敷地とゴルフ場用地を買収し、軍事工場建設を計画した。しかし建設材料の入手遅延のため工事が進まず 次に工場建設はほとんど未着手のまま終戦となった。

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柏(柏競馬場跡地)現在の豊四季台団地。