喜熨斗古登子 吉原夜話  青蛙房 1964

母古登の小言

母は自分の名を琴ともまた古登も書いていましたが、晩年、私がよくもらう手紙には古登と統一されていたようです。御家流(おいえりゅう)の母の手跡は、読むのにとても難しくて大弱りをしたものでした。母は吉原の中米楼の娘に生まれ、父の先代段四郎に嫁ぐまで中米楼へ集まるあらゆる種類の客を摂接したことが豊富な経験を積み、それが母の教養となって、後年知らぬことはない物知りといわれて、人に尊まれもし慕われもしたものでした。