越生町教育委員会 文化財解説板・標柱 リンク

越生町内の様々な場所にある文化財について、解説板を設置しています。 六町内の山車、獅子舞、神社建築、旧跡などを紹介しています。  

フーセン爆弾工場跡

風船爆弾(気球爆弾)は太平洋戦争中に日本陸軍が「ふ号兵器」の名称で密かに開発した兵器である。水素充填した気球に爆弾を搭載し、ジェット気流に乗せてアメリカ本土を空爆するもので、昭和19年(1944)に実用化された。翌春までに9,300発が福島県、茨城県、千葉県の海岸から放たれ、太平洋を横断して推定約1,000発が到着した。15キロ爆弾一発と15キロ焼夷弾二発を吊るす直径12mの気球は、和紙をこんにゃく糊で貼り合わせて作られた。楮風船爆弾(気球爆弾)は太平洋戦争中に日本陸軍が「ふ号兵器」の名称で密かに開発した兵器である。水素充填した気球に爆弾を搭載し、ジェット気流に乗せてアメリカ本土を空爆するもので、昭和19年(1944)に実用化された。翌春までに9,300発が福島県、茨城県、千葉県の海岸から放たれ、太平洋を横断して推定約1,000発が到着した。15キロ爆弾一発と15キロ焼夷弾二発を吊るす直径12mの気球は、和紙をこんにゃく糊で貼り合わせて作られた。楮(こうぞ)を原料とする薄くて丈夫な細川紙から「気球紙」が開発され、産地の小川町、東秩父村とその周辺で生産が始まり、全国の和紙産地に拡大された。越生町でも生繭(せいけん)の共同乾燥施設である乾繭所(かんけんじょ)の施設を利用して兵器製造会社の中外加工品越生作業所が製造にあたっていた。

この文献を参照している記事

越生(フーセン爆弾工場跡)「乾繭所」の広間で、巨大風船が製造されました。