銚子市銚子市史昭和31年刊の複製銚子市1981.5
十返舎一九と銚子

P.442
十返舎一九が銚子地方の紀行をまとめた「南総紀行旅眼石」は東下総を巡遊して各地に狂歌ファンを訪ねている。この時、彼は江戸を出て、香取神宮に詣で、利根川を下り、松岸、銚子に来て磯巡りをし、さらに鹿島神宮から水戸つくば日光を経て帰っている。今は滅びてしまった松岸や本庄遊廓の記などは江戸時代の面影をしのぶべき唯一のよすがとなった。

あかつきのきぬぎぬよりも名残をし君にわかれをつぐる鶴
遊女 きよ鶴

今ははや名残の春となりにけり花のあげくにかへるうた人
三五夜中

文中の三五夜中とあるのは、十五屋丸という大船をもっていた廻船業者で、今の十五屋旅館の祖にあたる。これらが主となって、銚子の豪商連の間に狂歌趣味を鼓吹していたもののようである。
幾人かの遊女が名をつらねているのが目を惹く。遊芸や文雅の道にいそしむことを誇りとしたこの時代の遊女のたしなみは、ここ松岸の遊里にも育成されていたのである。

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銚子(「十五夜」跡)十返舎一九の狂歌が箸袋を飾っていました。