風船爆弾と関東軍第731細菌戦部隊の危険な関係についての考察

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トルーマン大統領が原子爆弾使用に踏み切った心理的原因の一つには、風船爆弾による細菌攻撃の恐怖があったと思える。
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何も構成に非人道的とそしられる可能性のある原子爆弾を使用しなくても、結局はポツダム宣言受諾の日が来ることは計算のうちだった。だが、トルーマン大統領は、8月中に戦争の決着をつけなければならなかった。なぜならば、9月に入れば再び日本からアメリカへ偏西風が吹き始める。日本軍は風船爆弾に猛毒ガスや細菌類を積み込む。現実に、それは完璧な極秘のうちに日本軍が計画していたと言われている。その恐怖感から新しい偏西風が吹き始める前に原子爆弾を使用した。
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第731部隊の石井四郎部隊長ら上層部が、敗戦と同時に研究資料、製造方法、細菌戦実施法などをGHQに全部提供した見返りに、戦犯を免れたことは広く識られている。アメリカ流の取引など問題にすべきところは多い。第二次大戦後の朝鮮戦争でアメリカが細菌戦争を用いたとき石井本部体調が指導に当たったとか、正常人の精神は存在していない。
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日本がペスト菌類をアメリカに散布しなかったのは、人道主義的な観点からでなく、使用した場合の敵の報復行為を恐れたからである。そして大きな皮肉が起きた。原子爆弾という非人道的最新兵器をアメリカは最後の作戦に用いたのだ。日本とは違ってアメリカは報復行為を恐れる必要がなかったからである。

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平潟(わすれじ平和の碑)風船爆弾放流地跡。