三上於菟吉銀座事件MM PROJECT2024
三上於菟吉という人とその魅力解説

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三上於菟吉は、大正から昭和の初めにかけて、時代を駆け抜けた大衆小説作家の巨人である。

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「銀座事件」は、『主婦之友』昭和五(一九三〇)年一月号(一四巻一号)から十月号(一四巻一〇号)まで掲載された。目次には、すべて「探偵小説」という言葉があった。本巻に収録された底本は、『長編三人全集9 見果てぬ夢 銀座事件』(新潮社、昭和五年)である。連載された『主婦之友』は、大衆層の主婦に生活の知恵を授けるというコンセプトで編まれた雑誌である。大正六年に創刊され、時代の流れとともに歩んできた代表的な主婦向け雑誌だった。家庭に関連する時間の過ごし方を連想させるような内容になっていて、竹中英太郎の挿絵に導かれて物語の深みに入っていく。探偵小説というより、時代に寄り添ったサラリーマン小説のようだ。

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主人公は、東京丸の内の丸ビルにある金須氏の経営する東京事業社に勤める今井廣一である。サラリーマンを主人公にしたのは、於菟吉が中間層の大衆を意識していたからかもしれない。廣一は社長に誘われて、大銀座ホテルで社長の美人妻しげ子と麻雀をすることになった。ホテルでの紳士淑女との出会い。きらびやかな世界であったが、社長夫人の部屋の窓から怪しい男が忍び込んだ。それをめぐって、翌日、カフェ・ミランでしげ子との逢瀬があり、そして凶事が起こる。ようやく物語は探偵小説らしく動いていくことになった。主人公廣一の姿は、三上於菟吉の作品によく見られる美青年である。野心家であり、社長に気に入られ、上流世界に向けて出世していくのは、いつもの於菟吉の小説パターンだ。下宿にいる雛子の姿とのコントラストも描かれ、無産階級とブルジョアの対比も取り入れられていた。「銀座事件」の醍醐味は、紆余曲折の末、結局ラストにおける皆の幸せにあるのだろう。探偵小説の風味で、主人公たち男女の幸福を成就させる人情物語といってもいいかもしれない。

この文献を参照している記事

湯村(竹中英太郎記念館)挿絵原画などの展示。「銀座事件」復刻。