JR成田線滑河駅前の商店街。

フルヤ牛乳の牛乳箱。
古谷乳業(株)は、昭和20年創業。千葉市に本社を置く乳業メーカーです。*1

ピンクと水色の水玉模様が特徴です。

箱の保存状態は良好です。

JR成田線滑河駅前の商店街。
フルヤ牛乳の牛乳箱。
古谷乳業(株)は、昭和20年創業。千葉市に本社を置く乳業メーカーです。*1
ピンクと水色の水玉模様が特徴です。
箱の保存状態は良好です。
北千住駅前の商店街に残る牛乳店の建物。
エンゼルマーク。
古い建物で見かける木製の切文字。
「配給」の右側が欠けていますが、おそらく「配給所」と書かれていたのだと思います。
「牛乳配給事業」は、大正末期から昭和初期にかけて東京市で実施され、牛乳を無償で配給することが特徴でした。*1
多度津は、木製牛乳箱が豊富です。
らくれん牛乳。
縦に2つ。
横に2つ。
船津町の市街で見かけた牛乳箱。上部がラベルで見えませんが、牧成舎牛乳と思われます。
鮮やかな水色です。
神岡牛乳。
新聞受けとして、活躍中です。
末広町の飲み屋小路にある高岡牛乳の牛乳箱。
紺色に白文字のデザインです。
側面には、高岡ヨーグルト
郵便受けの下にぶら下げられています。
水沢市街に残る小岩井牛乳の牛乳箱。
古い牛乳箱と併せ、縦に二つ並んでいます。
右側の側面には「まきば」。
別のお宅にあった同型の牛乳箱。左側の側面には「小岩井ヨーグルト」五戸*1 で見た牛乳箱と同型です。
【参考記事】
*1 風俗散歩(五戸):小岩井牛乳の牛乳箱(2014.12)
富田一色町の北隣に位置する川越町豊田。
牛乳箱が縦に2つ並んでいます。
牛乳箱に書かれている電話番号より、有限会社北酪興社の「北酪牛乳」と判明しました。
牛乳、コーヒー、フルーツ、ヨーグルト。
鷹匠町の牛乳箱のあるお宅。
荻原牛乳と書かれた黄色の木製牛乳箱です。
普段は見ることができない箱の裏側。
窓枠にぶらさがるようにして取り付けられています。
今回は、黒石(青森県黒石市)の町並みと風俗を散歩します。
「こみせ」と呼ばれる庇屋根(アーケード)が続く黒石の「こみせ通り」は「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されています。
通りの両側に庇屋根が続きます。
古い民家に牛乳箱が2つ並んでいます。
横開きの箱なので、横向きに設置されています。
岩村田の中心街の旧柳街あたり。昔の建物が残っている場所です。
叶牛乳の木製牛乳箱がありました。
木製の板壁に、木製の牛乳箱。
別の牛乳箱。こちらの箱の側面には、ホモ牛乳と書かれています。
古い町並みが残る多度津の旧新地界隈。木製牛乳箱が2つ取り付けられているお宅があります。
ブロック塀に取り付けられている横木は3つ分の牛乳箱が取り付けられるサイズ。かつては3つの牛乳箱が横に連なっていたのだと思います。
飯山牛乳の牛乳箱は、右側半分が壊れて無くなっている状態。
別のお宅にあった飯山牛乳の牛乳箱。
高台に建つ「タワーホテル新松原」。市街からも遠望できる高層ホテルです。
ホテルへの急坂を上っていくと鳥居が建っています。
思わず見上げてしまいます。
現在は休業しているようです。
五戸川の近くの住宅街。
「まきば」と書かれた牛乳箱があります。
小岩井牛乳の牛乳箱。
側面には、小岩井ヨーグルトと書かれています。
石岡駅前のカラオケスナックなどが入るビル。
「コンパニオン」、「仲居さん」と書かれた看板。
反対側の通路から見たところ。
よくみると、下に「募集」の文字。コンパニオン、仲居さんの募集看板でした。
前掲の四軒町のトンネル路地(ろーじ)。牛乳箱が見えます。
宮津酪農組合の牛乳箱。箱の上にリンゴの置物が載っています。
隣の路地にあった宮津酪農組合の牛乳箱。こちらはかなり風化しています。
宮津牛乳の牛乳箱(伊根町にて)。
岩内の薄田遊廓があった住宅街。
倉島牛乳の牛乳箱があります。倉島牛乳は、北海道岩内郡岩内町の牛乳で、経営は、倉島乳業株式会社(本社は岩内町)です。
箱の側面には、「バター」と書かれています。
近くにあった倉島牛乳の販売所。
【参考URL】
*1 倉島乳業株式会社ホームページ
加古川町本町の国道2号線近く。
金沢牛乳の牛乳箱があります。
兵庫牛乳の牛乳箱。
二世帯住宅でしょうか。2つある玄関にそれぞれ牛乳箱が取り付けられています。
高砂町細工町の民家。
側面開閉型の牛乳箱だったのでしょう。蓋の部分が無くなっています。
宝梅園牛乳。
全国牛乳処理工場名簿(全国乳業年鑑・昭和37年版)には、宝梅園農場株式会社(宝塚市小林町)の記載があり、宝梅園は現在の宝塚市にあった梅園でした。
側面開閉型の牛乳箱なので上蓋はきっちりと閉じられています。
登富町商店街近くの美容室。自転車置き場の看板の脇に牛乳箱があります。
通津牛乳の牛乳箱。通津は岩国市の町名です。牛乳箱には子供の顔が描かれています。
岩国駅前の旧10番町バー街の近く。
カミムラ牛乳の牛乳箱。「牛乳は美と健康のカップル」です。
東新町の「大曲り」(道が鍵型に曲がっている場所)。
軒下に中元牛乳の牛乳箱があります。
津山駅前近くの寂れた感じの商店街。
ケンコウ牛乳の牛乳箱。金太郎のマークが印象的です。
温泉津の金剛院近くの民家。
牛乳箱が縦に2つ並んでいます。
長久牛乳の牛乳箱。
日の出のマークが特徴です。
紺屋町商店街の裏手にある住宅。
クボタ牛乳の牛乳箱。
牛のマークが印象的なデザインです。
箱の中に上蓋らしきものが残っていました。
牛深市街。商店街が続きます。
堀田牛乳の牛乳箱。天草の乳業メーカーのようです。
箱の側面には、「堀田ハイ牛乳」と書かれています。
上蓋が開いたままの状態になっていました。
山田牧場の牛乳箱。古い町並みに、木製の牛乳箱が似合います。
上から見たところ。
住宅地にあった山田牧場の牛乳箱。
側面には、ひらがなで「やまだ」と書かれています。
御旅屋(おたや)通りの商店街。「カメラのクラタ精美堂」の脇の路地。
生活路地が昔のままの状態で残されています。
奥には、「日の出屋」と書かれたの看板。
奥(反対側)から見たところ。
商店街で見かけた飛騨牛乳の牛乳箱。高山市街ではよく見かける牛乳箱です。
「ウルトラ・ハイ」と書かれています。
木製牛乳箱、プラスチック製牛乳箱、ヤクルト、郵便受け。
「飛騨牛」と言えば”ブランド牛”ですが、「飛騨牛乳」は”銘乳”です。
下津井の西町。
牛乳箱のある古い民家。
黒田牛乳の牛乳箱です。箱の中央に「K乳」のマークが配置されています。
木造の建物には、木製牛乳箱がよく似合います。
東中島の川沿いの通り。
岡山市に本社のあるオハヨー乳業(株)の牛乳箱です。かすかに「オハヨー牛乳」らしき文字が読み取れます。
西中島の民家。黒板壁に牛乳箱が取り付けられています。
こちらの箱は「オハヨー牛乳」の文字がはっきりと書かれています。
環状七号線から脇道を入ったところ。
商店の軒下に名糖牛乳の牛乳箱があります。
名糖ホモビタ牛乳。木製の牛乳箱の朽ち具合が、箱の古さをを物語っています。
牛のマークのロゴ。
魚津市中央通りの商店街。
入口付近に牛乳箱があります。
本田乳業の牛乳箱。魚津の乳業メーカーです。
コーヒー。
朝日町の路地。
軒下に牛乳箱があります。その下には猫がいます。
米子牛乳の牛乳箱。
郵便ポスト代わりに大切に使われています。
天神町の飲み屋街。
橋の標柱の近くに牛乳箱があります。
杵築で見かけたみどり牛乳の牛乳箱と比べるとこちらの箱は大型です。
鮮やかなみどり色です。
杵築の城下町には、古い町並みが現在も残されています。
伝統的町並みには、木製牛乳箱がよく似合います。
植木の緑と牛乳箱の緑色のコンビネーション。
別の母屋にあった同型の牛乳箱。
戸部六丁目付近。
トタンの焼き鳥屋さんがあります。
トタンには、木製牛乳箱が似合います。
比較的見ることが少ない名糖ホモビタ牛乳の牛乳箱です。ガムテープで補強して大切に使われています。
貝塚遊廓跡地近く。木造の家屋が建ち並びます。
格子の美しさが映えます。
新泉牛乳の牛乳箱があります。
新泉牛乳は、貝塚市に本社を持つ昭和18年創業の乳業メーカーの泉南乳業株式会社の商品ブランド名です。*1
木製牛乳箱は、建物の木目とよく似合います。
【参考URL】
*1 泉南乳業株式会社:泉南乳業株式会社ホームページ「泉南乳業のあゆみ」
木辻遊廓跡。格子のある古い建物があります。
玄関に、中野牛乳の牛乳箱があります。
中野牛乳は、大正元年に大正牧場として創業。昭和28年に中野牧場に改称。個人経営の牛乳屋として続きましたが、平成3年に廃業しました。奈良町あたりの散策でよく見かける牛乳箱です。三重の中野牛乳*1 とは関係ありません。*2
箱の側面には、特徴のある行書体で「毎度有難う御座います」と書かれています。
【参考記事】
*1 風俗散歩(伊勢):中野牛乳の牛乳箱(2010.5)
*2 横溝健志:思い出牛乳箱(ビー・エヌ・エヌ新社,2008)P.171
伊勢市駅の北西約4kmにある明野駅付近。参宮道と呼ばれた伊勢参詣の旅人が歩いた道です。
中野牛乳の牛乳箱。両脇には、ヤクルト箱と郵便ポスト。
小さな小川が流れています。古い家に牛乳箱が3つ並んで取り付けられています。
3つの牛乳箱。
川西町の旧遊廓街で見かけた「らくれん牛乳」の牛乳箱。
「らくれん」は、四国乳業株式会社によって製造、販売される牛乳・乳製品の代表的なブランド名です。「緑美しい四葉のクローバーと白いハト」のシンボルマークは、「四国は一つ。新鮮な牛乳によって皆様の幸せ(健康と平和)を」そんな思いがこめられています。*1
箱の横に書かれている「アイミー」は乳酸菌飲料の商品名です。*2
こちらは青汁の宅配箱です。牛乳ではありませんので、「青汁箱」とでも呼ぶのでしょうか。当然のことながら、箱の色は緑です。
遠藤青汁グリーンライフ(本社:岡山県倉敷市)は、「青汁」の創始者・遠藤仁郎博士が設立した会社です。*3
【参考URL】
*1 らくれん:ホームページ会社案内
*2 らくれん:ホームページアイミー
*3 遠藤青汁グリーンライフ:ホームページ会社概要
秩父市中町の路地。
小岩井牛乳の牛乳箱があります。
小岩井と言えば、岩手県のブランドですが、なぜ秩父に...?
付近を散歩してみると、小岩井牛乳の販売店がありました。
秩父鉄道の上熊谷駅近く。
「森牛乳」と書かれた黄色の牛乳箱があります。「森永」ではなく「森」です。
森乳業(株)は、明治20年創業の埼玉県行田市の乳業メーカーです。*1
牛乳箱は、住宅の側面の中央部分に取り付けられています。
木の暖かみを感じる風景です。
【参考文献】
*1 横溝健志:思い出牛乳箱(ビー・エヌ・エヌ新社,2008)P.167
松島公園の近く。大型縦長の木製牛乳箱?発見。
と思いきや、何とペプシコーラ箱です。ペプシコーラも牛乳と同じように宅配されていたのでしょうか。
箱の上部は開閉するようになっていますが、ここからコーラの瓶を入れるのはちょっと厳しそうです。
いろいろ推論しましたが、「ペプシコーラの搬送用の木箱を使って郵便ポストを自作した。」と考えるのが妥当かもしれません。
平野の交差点の近くに、不思議な六差路があります。
地元では「六道(堂?)の辻」というそうですが、細い道が綺麗に放射状に走っています。角の窮屈な三角地に家が建っています。*1
三角地に建っている家に緑色の牛乳箱があります。
兵庫牛乳の牛乳箱。
サイズは大型です。
【参考文献】
*1 金治勉:神戸まち歩き(神戸新聞総合出版センター,2004)P.70-P.72
三角東港周辺の住宅街。
牛乳箱に出合いました。側面に、「ハネーヨーグルト」と書かれています。
明治牛乳と言えば、アサヒマークのロゴが有名ですが、この箱は「MEIJI」のロゴです。
比較的新しい牛乳箱のようです。
厳島では、神の使い「神鹿(しんろく)」として鹿が神聖視されています。
町のあちらこちらに「鹿くん」が放し飼いにされています。
「鹿くん」のいる路地を下り、逆方向から見たところ。チチヤス牛乳の牛乳箱があります。(写真左下)
チチヤスは、広島県廿日市市に本社を置く乳業メーカーで、大正6年にわが国ではじめてのヨーグルトを発売しました。*1
黄色の牛乳箱に「チチヤス」の文字が映えます。
【参考URL】
*1 チチヤス株式会社:チチヤスの歴史
小樽市相生町。緩やかな下り坂です。
古い理容室の建物に緑色の牛乳箱。
「北のおいしさ開拓使」と書かれている保証牛乳の牛乳箱。
明治時代、北海道が農業(牧畜)を中心に開拓が進められてきたことを想わせるキャッチフレーズです。
緑色が鮮やかです。
貞光は、脇町とともに、「うだつのある町並み」として有名です。「うだつ(卯建)」は、二階の壁面から突き出した漆喰塗りの袖壁です。江戸時代は火よけ壁とも呼ばれ、防火の役目を果たしていましたが、明治時代になると防火よりも装飾に変わってきました。裕福は商家は、冨の象徴として、この「うだつ」を競ってあげました。「うだつがあがらぬ....」の語源にもなっています。*1
うだつのある町並みには、木製牛乳箱が似合います。
毎日牛乳の牛乳箱。
「毎日ボン牛乳」のうち、青色文字の「ボン」だけが鮮明に残っています。
【参考文献】
*1 清水安雄:美しい日本のふるさと 中国四国編(2008,産業編集センター)P.163-P.167
土庄町の通称「迷路のまち」と呼ばれているあたり。
肥田牛乳の牛乳箱。肥田牛乳は、小豆島地元の乳業メーカーです。
別の場所にあった肥田牛乳の牛乳箱。
こちらの箱は、牛乳瓶入りです。
国道23号線から1本海側の通り、この通りをまっすぐ行くと、若宮公園を経て三谷海水浴場へ行き着きます。
道路沿いの民家に、西宝牛乳の牛乳箱があります。
西宝牛乳は、三河三谷の乳業メーカーです。
牧場直営。
八幡宮へ向かう通り沿いに、古い木造民家があります。入口に水色の牛乳箱があります。
岩手牛乳の牛乳箱です。都道府県名を冠した乳業メーカー名は、重みがあります。
一本北側に路地を入ったところ。
ウルトラプロセスは、高温殺菌のことですが、ウルトラデラックスとは何でしょうか。
鍬ヶ崎上町から西側の斜面を登ったところに常安寺別院があります。常安寺別院からは、宮古湾を遠望することができます。港町らしい風景です。
坂道の途中に、黄色牛乳箱があります。(写真左側)
伊藤牛乳の牛乳箱。
箱の側面には、「宮古市新川町」と書かれています。地元の牛乳メーカーでしょうか。
高田には、「高田市街図」*1 を見ると、駅の北側に栄町遊廓の場所が記されています。それによると北本町二丁目の「一本橋」を渡ったところに遊廓がありました。
幅の広い道路で囲まれた一画が、遊廓があった場所です。
現在は、遊廓の面影はありません。
遊廓の北側にあった水路。
【参考文献】
*1 高田市街図(高田新聞社印刷部,1930)
仲町六丁目付近。民家や商店が建ち並びますが、ここでも雁木造りが延々と続きます。
雁木造りの柱に牛乳箱があります。
目立つ位置に取り付けられています。
前と後ろに取り付けられた牛乳箱。
仲間町の路地。古い民家があります。
森永の牛乳箱があります。
箱の側面には「フルーツヨーグルト」。
箱の中央部分の「ホモ」のマーク。
散歩雑誌等で紹介されている牛乳店と貸本屋の建物。
雪印牛乳の看板はほとんど判読できない状況です。
谷中の現役の牛乳店。
ホモちゃんマークに出会うことができました。
今回は、五反田(東京都品川区)の町並みを散歩五反田の有楽します。五反田の歓楽街「有楽街」の近くに、昔の雰囲気が残る路地があります。
カラオケ店の隣に古い民家があります。
明治の牛乳箱。
JR五反田駅から徒歩5分の大都会に、牛乳箱が残されているは貴重です。
島原市街の南側(蛭子町)。国道251号線路沿い。
島原牛乳の木製牛乳箱。箱の側面には「ミネビタ牛乳」と書かれています。
別の場所(深江駅近く)にあった同型の島原牛乳の牛乳箱。
縦型の島原牛乳の牛乳箱。
上七軒の毘沙門町の路地。木造家屋が残っています。
側面の板が無くなっている牛乳箱。
蓋は、箱の上に置いてありました。
京都に多い井上牛乳の牛乳箱ですが、こちらは、フロント開閉型のタイプです。
ストリップ劇場「十三ミュージック」の裏手の路地。音楽と威勢の良い掛け声が建物(写真右手)からもれ聞こえてきます。(写真の奥は木川本町商店街)
大田牧場の牛乳箱がありました。
ポストと仲良く並んでいます。
ストリップ劇場近くの別のお宅の壁に取り付けられていた牛乳箱。何とも絵画的です。
ある古い民家の入口付近。
鹿野牛乳の牛乳箱。六ツ葉のクローバー?とでも呼べそうな特徴のあるマークです。真ん中の「K」は、鹿野の「K」でしょうか。
菊水旅館の裏口にあった伊藤牛乳の牛乳箱。牛のマークです。
酒田の牛乳箱は、種類が豊富です。ある旅館の入口にあった田村牛乳の牛乳箱。可愛らしい女の子のキャラです。
旧道沿いのお宅。宿場町らしい風情のある佇まいが残っています。
栗本牛乳の牛乳箱があります。
牛乳箱としては珍しい、横ストライプのデザインです。
別のお宅にあった、栗本牛乳の牛乳箱。こちらは、保存状態良好です。
旧水茶屋の通りにある質屋の脇の路地。この先に緑色の箱が見えます。
みどり牛乳の牛乳箱。箱の色はもちろん緑色です。
植木鉢で飾られた美しい路地が残っていました。ここにも牛乳箱があります(写真右下)。
牛乳箱も植木鉢で飾られています。
防火水槽のある路地※1 から脇道に入ったところにある緑色の牛乳箱。
やまぐち県酪のイメージキャラクター「ベルちゃん」のロゴマークは、時代とともに変遷しました。*1
・昭和42年:ベルちゃんが登場!
・昭和50年:シモラク
・昭和55年:酪農牛乳BELLCHAN
・平成6年:やまぐち県酪
こちらの牛乳箱は、酪農牛乳BELLCHANです。
シモラク牛乳+ベルちゃん。
山口県酪+ベルちゃん。
緑色の木の格子と米屋の看板がよく調和しています。
錦糸町のラブホテル街周辺のビルの狭間に木造の建物が残されている場所があります。
木の香りが漂う路地です。ラブホテルの看板もあります。
軒下に牛乳箱が残っていました。
興真牛乳の牛乳箱です。赤い星印が強烈です。
今回は、静岡(静岡県静岡市)の町並みと風俗を散歩します。
葵区の駒形通6丁目の駒形通り。鉄筋コンクリート4階建てのビルがあります。
1階の入口。
そのビルの1階の入口を入ったところの壁に、小さな箱が取り付けられています。
長田牛乳の牛乳箱です。
ビルの入口のドアに取り付けられているのは、珍しいです。
福路町の遊廓跡は、牛乳箱の宝庫です。
保存状態良好な森永牛乳の牛乳箱。
前面に販売店の名前のあるめずらしい牛乳箱。側面には「エース牛乳」と書かれています。
側面にホモちゃんマーク*1 がデザインされています。森永の牛乳箱は、正面にエンゼルマークがデザインされているものがほとんどですので、これはめずらしい牛乳箱です。
ホモちゃんの歌というのもあったそうです。
宣伝の歴史からいっても、コマーシャルソングの草分けで、昭和28年に、ラジオ放送で全国に流されました。*2
ホモちゃんの歌(サトーハチロー作詞 2節以下省略)*2
こんこんこんちは ごきげんさん
ボクはホモちゃん みんなの子
だんだん誰とも仲良しこよし
おとなり おむかい あの子にこの子
どの子もまけずに ぐんぐん
またのびた
【参考文献】
*2 森永乳業50年史編纂委員会:森永乳業五十年史(森永乳業,1967)P.279
【参考記事】
*1 ホモ牛乳
久保の隣の長江一丁目の路地にある玩具店。
キュ-ピー人形が陳列されている棚の脇に牛乳箱が設置されています。
舟橋牛乳の牛乳箱。白い色の牛乳箱です。
箱の側面にも「舟橋牛乳」。
旧遊廓街の通りには、牛乳箱も豊富です。
「ふるさと牛乳」の牛乳箱。牛乳箱の側面に、中国酪農協同(株)の社名が見えます。
有名ブランドでありながら、目にかかれることが少ないグリコ牛乳の牛乳箱。
こちらは、明治の牛乳箱との併設です。
木江の厳島神社の隣。徳森旅館が入江にひっそり佇んでいます。
木江の町並みを代表する木造三階建ての建物です。
北側から。
入口。
御手洗は、町並み保存地区(全国重要伝統的建造物群保存地区)に指定されていて、江戸時代の町並みが残されています。
そのうちの1軒。入口に木製牛乳箱があります。
同じブランドの牛乳箱が2つ並んでいます。大家族だったのでしょうか。
国広牛乳。
今回は、尾頭橋(愛知県名古屋市)の町並みと風俗を散歩します。JR尾頭橋駅前にJRAの場外馬券売場が入っているウインズ名古屋があります。尾頭橋は、競馬の町です。
ウインズ名古屋から路地を入ったところのブロック塀に明治の牛乳箱があります。
明治の牛乳箱は、中央に楕円形のマークがあるデザインが普通ですが、この牛乳箱は、中央に赤文字でアルファベットの「MEIJI」のロゴがデザインされています。
ブロック塀にしっかりと固定されています。でも、どこかおかしいと思ったら、上蓋が無くなっていることに気づきました。
上蓋が無いので、内部を覗かせて頂きました。
横浜橋商店街の西側の高根町は、昔の風情が残る町並みですが、ここに、森永の牛乳箱が残っていました。
木々緑に囲まれて、郵便受けの下に牛乳箱があります。今まで見てきた森永の牛乳箱とは少し違っています。黄色でなはく、やや黄土色がかった黄色です。
最大の特徴は、白塗りのエンゼルマークです。
ロゴもはっきりと残っています。「ウルトラ・プロセス」に加え、ホモ牛乳の「ホモ」の文字があります。保存状態の良い名品です。
「北品川の古い民家の家並み」。
そのうちの1軒の玄関脇に牛乳箱が残っていました。
明治牛乳の牛乳箱。
側面がガムテープで補強されています。
秋葉原のメインの通りから少し奥へ入ったあたり(外神田三丁目)は、パソコンのパーツの店などが並びます。その通りから路地一本入ったところに牛乳箱があります。
なんと、牛乳箱が2つ付けられています。以前、大和郡山で、縦に2つ並んだ牛乳箱を見かけましたが、今回の牛乳箱は、前面と背面が合体しています。
駅前に最近できたUDXビルの前に、昔の路地の雰囲気が残る場所があります。右側の古い商家の軒下に森永牛乳の牛乳箱があります。
京都で見かけた森永の牛乳箱と違い、ロゴや名称がはっきりと読めます。「ビタミン入り」や「ホモ牛乳」のロゴがあるのは、東京の森永牛乳の牛乳箱の特徴であると思われます。保存状態も良く、名品です。
今里新地近くの牛乳販売店。
森永自販機脇に見える「白バラ牛乳」の文字。
「白バラ牛乳」は、鳥取県大山乳業農業組合が生産する牛乳で、鳥取県民には、広く浸透しています。白ばらの花言葉は、「わたしはあなたにふさわしい」で、白い牛乳のイメージにぴったりであることから、この名前になったそうです。*1
近くで見かけた白バラ牛乳の牛乳箱。中央にバラの絵が配置されています。
*1 鳥取県大山乳業農業組合:農林経済(2000.3.30)P.8
古市には、牛乳箱も残されています。
森永牛乳の牛乳箱は、普通は縦長ですが、今回見かけたのは横長です。「森永牛乳の4文字があるだけで、「エンゼルマーク」や「ウルトラプロセス」などのロゴはありません。
牛乳箱、ヤクルト、郵便ポストの3点セット。
地元の牛乳メーカーでしょうか。山村牛乳の牛乳箱。コンセプトは、「濃厚牛乳」のようです。
こちらの牛乳箱は、道具箱として2次利用されています。物を大切にする住人の気持ちが伝わってきます。
金鳥居から坂を少し上ったところにある山田屋牛乳店は、武田牛乳の販売店です。
ロゴは、白地に赤色の象。
武田牛乳は、戦国大名の武田信虎(武田信玄の親)の末裔が、明治5年(1872年)にしょうゆ醸造業(テンヨ武田)を創業したのが、始まりで、 その後、テンヨ武田の姉妹会社の武田食品株式会社が昭和23年より市乳部門を設置し、象のマークの武田牛乳として販売しています。*1
武田牛乳の販売車。
【参考URL】
テンヨ武田:「テンヨ武田の商標」
古い町並みが保存されている橋本は、牛乳箱の保存状態も良好です。
森永の牛乳箱は、保存状態の良いものが少ないのですが、こちらの牛乳箱は、エンゼルマークの部分もしっかりと残っています。郵便ポストの下に設置されたため、日焼けをまぬがれたのかもしれません。
明治牛乳の青色の牛乳箱。
八幡牛乳の緑色の牛乳箱。八幡乳業は、地元の牛乳メーカーです。
別のお宅の八幡牛乳の牛乳箱。木の壁に木製牛乳箱がよくマッチしています。
宮川町の北側の亀井町。
軒下に「居住者見取図」が掲げられている古い建物のお宅。
玄関脇に雪印牛乳の牛乳箱が設置されています。
こちらは、井上牛乳の牛乳箱。府立病院指定と書かれているのが特徴です。井上乳業は、右京区花園に本社がありましたが、現在は廃業しています。
毎日牛乳の牛乳箱。「毎日のんで毎日健康」がキャッチフレーズです。
五条楽園には、木製牛乳箱が沢山あります。但し、販売店が頑張ったせいか、なぜか森永ばっかりです。
旅館HIRAIWAにあった森永の牛乳箱。日に焼けて印刷が見えなくなっています。森永の牛乳箱は日焼けに弱いようです。
同型の牛乳箱。横に森永マミーと書かれています。森永マミーは昭和40年に発売が開始された乳酸菌飲料です。当時は90ccのビンに入っていて、「森永マミーもう1本プレゼント」は、キャップを利用した現品引き換えによるスピードくじで、注目されました。*1
ウルトラプロセスの文字だけが残っている森永の牛乳箱。黒インクは日焼けに強いのでしょうか。
森永ビヒダスの牛乳箱。こちらは、新しい牛乳箱のため、保存状態は良好です。
【参考文献】
*1 森永乳業50年史編纂委員会:森永乳業五十年史(森永乳業,1967)P.300-301
白鬚神社近くの路地。
懐かしい牛乳箱(森永牛乳)があります。保存状態も良い方だと思います。
文字は、オレンジ色と黒色の2色。背景の黄色と合わせると、3色刷りです。
「ウルトラ・プロセス」というのは、当時、森永乳業(株)が開発した加熱殺菌の技術の名称です。
木のぬくもりが感じられます。オーソドックスな形が気に入りました。