藤沢(永勝寺の遊女の墓)藤沢宿小松屋の墓地。

藤沢市の本町四丁目の永勝寺に、藤沢宿があった頃の遊女の墓があります。

この寺内の小松屋の墓地には奉公人である下男、抱え女の墓石が、家族の墓石(写真左奥)より一段低い位置に並んでいます。*1

飯盛女の墓石の数は39ですが、これらの没年を調べると、41年間に、39人の飯盛女が死亡しています。飯盛女の生命をむしばんだ原因は瘡気(梅毒)と、それの余病でした。*1

墓石には、施主小松屋の名前と遊女の俗名が彫られています。

参考文献

*1
五十嵐富夫飯盛女 宿場の娼婦たち新人物往来社1981
P.166-P.170 飯盛女の病気 東海道藤沢宿旅籠屋、小松屋の菩提寺は、宿内の鳳谷山永勝寺と呼ばれている…

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藤沢(ラーメン「小松屋」)ご先祖様は旅籠「小松屋」。

藤沢(ラーメン「こぐま」)名物の牛乳ラーメン。木彫りの子熊。

藤沢駅北口の小路。

札幌ラーメンの店「こぐま」があります。

店内には、木彫りの子熊。

名物の牛乳ラーメンを注文。

参考文献

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藤沢(飲食店ビル)ビルの入口中央から2階へ上る階段。

マンションが林立する藤沢の繁華街跡の西側。

道路沿いに2階建ての飲食店ビルがあります。

飲食店は1階と2階の両方にあって、ビルの入口中央には2階への上る階段があります。

レトロな看板。

参考文献

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藤沢(奥の飲み屋街)唯一残っている飲み屋街。

以前は、両側に和風スナックや小料理屋が並んでいましたが、現在、片側にはマンションが建っています。

いざかや「ひよこ」※1は、小鳥の街にも同じ屋号の店舗がありました。こちらに移転してきたのかもしれません。

サロンの看板。

かつての藤沢の歓楽街の中で、唯一残っている飲み屋街です。

参考文献

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藤沢(かつての旅館街)現在はマンションが林立。

藤沢のかつての歓楽街は、現在は多数のマンションが林立する町並みに一変しています。

スナック街の「小鳥の街」※1、「湯房ふじさわ」※2などがあった場所は、駐車場になっています。

仙成旅館と和風スナックが建ちならんでいた場所※3 もマンションに建て替わっています。

かつての面影はありません。

藤沢(木造アーチの飲食街)老朽化が進んでいます。

今回は、藤沢(神奈川県藤沢市)の町並みを散歩します。
駅の北側。藤沢銀座通りから50mぐらい入ったところにある飲食街。

2006年に訪れたとき※1 と比べかなり荒廃が進んでいます。

店舗の内部は意外と綺麗です。

この飲食街の北側にはスナックが営業中です。

長崎丸山(白ポスト)長崎市の中心地のバス停。

長崎市街の「中央橋」バス停。名前の通り長崎市の中心地にある橋です。

バス亭「中央橋」に設置されている白ポスト。

有害図書類回収ポスト。

丸型です。

参考文献

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長崎丸山(ツル茶ん)大正14年創業のトルコライスの店。

長崎市街の思案橋近くにある「ツル茶ん」。

大正14年創業の老舗喫茶店です。

名物はトルコライスです。

ミルクセーキ。

参考文献

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長崎丸山(よこはま)思案橋横丁の老舗ちゃんぽん店。

長崎市街の思案橋横丁※1 にある中華レストラン「よこはま」。

創業60年だそうです(店の看板より)。 

長崎チャンポンは、明治時代、長崎に住んでいた中国人たちによって作られ、中国からの留学生たちに栄養がありしかもボリュームもあるので大変喜ばれていました。その後、長崎ならではの新鮮な山海の幸と工夫が加えられて、長崎中に広まり、長崎の郷土料理として育ちました。※1

「よこはま」のネオン塔。

参考文献

*1
中華レストランよこはま中華レストランよこはま ホームページ中華レストランよこはま リンク
麺とスープに多彩な具がしっとりと溶けあった 味わいは、まさに絶品! 長崎名物よこはま特製チャンポン…

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※1長崎丸山(思案橋横丁)ネオンが煌めく通り。

長崎丸山(シバヤンジ通り)当時の人は「芝居小屋の地」を「シバヤンジ」と呼んでいました。

銅座町の繁華街に、「シバヤンジ通り」と名付けられた飲み屋の路地があります。
銅座付近には以前、芝居小屋が点在しており、当時の人は「芝居小屋の地」を「シバヤンジ」と呼んでいたそうです(案内看板より)。

路地はL字型に曲がって続いています。

反対側(西側)から。

夜の様子(上の写真と同じ場所)。

参考文献

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