四つ角の北側の寄居付近は、旧花街で、かつては3軒の映画館が並び、とても栄えていました。*1

当時の名残と思われる和風の建物があります。

かなり大きな建物です。

現在は区画整理中のため、あちこちに更地が広がっています。更地の中に古い建物が散在する奇妙な光景です。

【参考文献】
*1 中野純:東京サイハテ観光(交通新聞社,2008)P.76-P.77
四つ角の北側の寄居付近は、旧花街で、かつては3軒の映画館が並び、とても栄えていました。*1

当時の名残と思われる和風の建物があります。

かなり大きな建物です。

現在は区画整理中のため、あちこちに更地が広がっています。更地の中に古い建物が散在する奇妙な光景です。

【参考文献】
*1 中野純:東京サイハテ観光(交通新聞社,2008)P.76-P.77
渋川の四つ角と呼ばれる交差点の近く。古い銭湯の建物があります。左側は和風建築、右側はコンクリート製です。

大きな建物です。上部の装飾に特徴があります。

入口付近。休業中であるのが残念。

煙突。

渋川の市街を流れる平沢川。

平沢川の左岸のスナック街。

アキ、千代子、おとみさん。

「おとみさん」の裏側。

今回は、渋川(群馬県渋川市)の町並みと風俗を散歩します。
渋川は、伊香保温泉の入口に位置する町です。渋川駅からは、赤城山が望めます。

渋川駅前。

「悪書追放」と大きく書かれた白ポストがあります。

幅も奥行きもたっぷりサイズの大型です。隣のコインロッカーと比べるとその大きさがわかります。

「全国遊廓案内」によると、宇都宮城址の南側の河原町に、宇都宮遊廓がありました。*1
昭和11年発行の「宇都宮市街付近図」*2 には、格子状に区画された道路に「遊」、「廓」の2文字が記されています。
その遊廓の名残でしょうか。格子状に区画された道路の北側に「しんち食堂」という名の食堂があります。

格子状に区画された道路を東側から見た所。付近の道路と比べ明らかに道幅が広くなっています。

外郭の道路から見ると、遊廓があった場所(写真右側)は高台になっています。

「新地」の名が残る電柱。

【参考文献】
*1 南博:近代庶民生活誌第14巻(三一書房,1993)P.26-P.27
*2 宇都宮市街付近図(1936年(昭和11年)発行)
宇都宮城址近くの本丸町。静かな住宅街です。
宇都宮の赤線は、中河原(現在の中央五丁目)と「新地」の2ヶ所にありました。*1

木造2階建ての民家。

「赤線跡を歩く(ちくま文庫版)」*2 に写真が掲載されている街頭消火器のある家です。
木村聡さんは、中河原のバーのママさんから聞いた情報をもとに、「新地」はこのあたりにあったとしています。*2

「街頭消火器」の名にふさわしい、大型の箱です。

【参考文献】
*1 渡辺寛:全国女性・街ガイド(季節風書店,1955)P.103
*2 木村聡:赤線跡を歩く(筑摩書房,2002)P.175
宇都宮市街の中央を流れる釜川沿いにある本町はクラブなどが建ち並ぶ繁華街です。

2つの店舗が同居している建物です。左側の店は、1階用の2階用の2つの入口があります。

建物の奥行きは、2メートル程でしょうか。1階から2階へ上がる階段がどうなっているのか興味があります。建物の角には、看板が取り付けられていたと思われる金具の跡が残っています。

「カフエー」のプレート。「赤線跡を歩く」*1 に写真が掲載されている中河原(中央5丁目)のカフエーのプレートと同じタイプのものです。

オリオン通り。宇都宮の市街で最も賑やかな通りです。

オリオン通りに面して、2階にレストラン、3階に風俗店が入っているビルがあります。

入口付近。窓際にたて看板がたてかけられています。

たて看板に「西川口流」と書かれています。宇都宮においても埼玉県の流派が健在です。

江野町のソープランド街のはずれの路地。

古びたスナックの建物があります。

入口のドアの上部。

カフエーのプレートがあります。

宇都宮の盛り場は、東武宇都宮駅の近くのオリオン通りの周辺にあります。
かつての花街であった江野町には、その名残とも思われるスナック街があります。

狭い路地を行くと、古びたスナックがあります。

路地は奥まで続いています。

ソープランド街の近くにあるスナック。
