郡山(大勝館)駅前商店街の成人向け映画館。

今回は、郡山(福島県)の町並みと風俗を散歩します。
駅前から、商店街が続いています。

商店街を5分ほど歩いた所に、成人向け映画館の「大勝館」があります。

かなり目立つ大きな看板。

映画館の入口付近に、ホモちゃんマーク*1 入りの森永牛乳の保冷箱がありました。

【参考記事】
*1 風俗雑感:ホモ牛乳

参考文献

参考記事

この記事を参照している記事

常陸太田(牛乳店)森永ホモ牛乳の看板。山下町交差点付近。

新庄(あけぼの町飲食店街の公衆トイレ)中庭のような場所にあります。

あけぼの町飲食店街の規模からいって、公衆トイレは必須です。

飲み屋の建物に囲まれた中庭のような場所にあります。

綺麗に清掃されています。

トイレから外を見たことろ。

参考文献

参考記事

新庄(あけぼの町飲食店街)昭和レトロ感そのままです。

あけぼの町飲食店街。建物をよく見ると木造3階建てです。

こちらの建物も3階建てのように見えます。

3階建ての建物の中に店が3つ入っています。「新宿ゴールデン街」1や「かんなみ街」2にも負けないくらいのレトロ感です。

建物の裏側はこんな感じです。

【参考記事】
*1 風俗散歩:新宿ゴールデン
*2 風俗散歩:かんなみ街

参考文献

参考記事

新庄(あけぼの町飲食店街)昭和の雰囲気が漂います。

整備された新庄駅前(西口)から徒歩3分ほどのところ(若葉町のあたり)に、飲み屋街があります。

大きなアーチがあります。なぜか道路に対して横向きに設置されています。ビール会社の看板が賑やかです。

3階建ての建物もあります。

路地は、昭和の雰囲気が漂っています。

参考文献

参考記事

新庄(新庄駅の公衆トイレ)貼り紙があります。

今回は、新庄(山形県)の町並みと風俗を散歩します。
新庄駅は、近代的な駅舎です。駅前も綺麗に整備されています。

駅舎は大きく、立派です。中に公衆トイレがあります。

女子トイレ側に貼り紙があります。

不健全なトイレ使用が女子トイレ側で目立っている模様です。
このような貼り紙は、西新宿*1 や池袋*2 でも見かけたことがあります。

【参考記事】
*1 風俗散歩:西新宿の公衆トイレ
*2 風俗散歩:池袋の自然観察公園

参考文献

参考記事

酒田(海鮮市場の食堂)ボリュームのある海鮮丼。

酒田港近くのフェリー乗り場に海鮮市場があります。

水揚げされたばかりの魚が並べられています。

海鮮市場の2階に食堂「とびしま」があります。
赤線跡研究家の木村聡さんは、「秋田紀行 遊廓跡をたずねて」の中で、酒田を訪れたときの感想を「料亭「小幡」を発見したことと、食堂「とびしま」の海鮮丼の味とボリュームに感激したことが最大の収穫」と述べています。*1

私も同じ海鮮丼を注文(1,050円)してみました。ごはんは少なめですが、刺身のボリュームは凄いです。

【参考文献】
*1 木村聡:歴史の中の遊女・被差別民(新人物往来社,2006)「秋田紀行 遊廓跡をたずねて」P.293

参考文献

参考記事

酒田(牛乳箱)日和山公園周辺。種類が豊富です。

ある古い民家の入口付近。

鹿野牛乳の牛乳箱。六ツ葉のクローバー?とでも呼べそうな特徴のあるマークです。真ん中の「K」は、鹿野の「K」でしょうか。

菊水旅館の裏口にあった伊藤牛乳の牛乳箱。牛のマークです。

酒田の牛乳箱は、種類が豊富です。ある旅館の入口にあった田村牛乳の牛乳箱。可愛らしい女の子のキャラです。

参考文献

参考記事

酒田(日和山公園の元料亭「小幡」)庄内随一の料亭の跡です。

日和山公園に、料亭「小幡(こはた)」の建物が残っています。*1
料亭「小幡」は、昭和4年刊行の「全国花街めぐり(松川二郎著)」に、「山海の景勝をあつめて眺望絶佳設備また最もよく整ひ、庄内随一といはれる代表的料亭」と写真入りで紹介されています。*2

建物の左側半分は、レンガ造りの洋風の建物で、右側半分は和風の建築です。

下から見上げると迫力があります。

現在は、休業中ですが、営業していた当時の看板が残されています。

【参考文献】
*1 木村聡:歴史の中の遊女・被差別民(新人物往来社,2006)「秋田紀行 遊廓跡をたずねて」P.292
*2 松川二郎:全国花街めぐり(誠文堂,1929)P.697

参考文献

参考記事

酒田(菊水旅館)遊廓があった場所です。船場町。

日和山公園の東側、船場町の菊水旅館付近は、かつて遊廓があった場所です。*1

菊水旅館。

付近は、近代的な建物にばかりで、昔の妓楼のような建物は残っていません。

船場町からさらに道を下っていくと、酒田港へ出ます。

【参考文献】
*1 木村聡:歴史の中の遊女・被差別民(新人物往来社,2006)「秋田紀行 遊廓跡をたずねて」P.292

参考文献

参考記事

酒田(村社稲荷神社)旧高野浜の表示があります。

今回は、酒田(山形県酒田市)の町並みと風俗を散歩します。
最上川の河口に位置し、庄内米をはじめとする水運で栄えた酒田には、もともと遊所が3ヶ所ありました。文化10年(1813年)、港に面した船場町と、市街の中央にある今町(現在の日吉町)がまず公許され、次に郊外の高野浜も公許されましたが、明治27年の庄内大地震後、高野浜一ヶ所に統合され、娼妓と芸妓の両方を置く新しい遊廓が作られました。*1
北新町に、村社稲荷神社があります。

道路に面した掲示板のところに、旧町名を示す柱が立っていて、このあたりが高野浜であることがわかります。

稲荷神社の中に、「弘法大師の腰掛石」というのがあります。

掲示板には、弘法大師がこの石の上に腰をおろし、海岸の風景を望見し「高野浜」と命名したと書かれています。

【参考文献】
*1 木村聡:歴史の中の遊女・被差別民(新人物往来社,2006)「秋田紀行 遊廓跡をたずねて」P.290-P.291

参考文献

参考記事