平塚(震災遭難者供養碑)平塚貸座敷組合が建立

旧平塚遊廓の東端にある大鷲神社。


祠の脇に、震災遭難者供養碑があります


大正12年の(1923年)の関東大震災によって、平塚の花柳街、平塚遊廓は全半壊し完全なる家屋はありませんでした。被害を受けた平塚の遊廓は、復興に着手し、震災以後の平塚の妓楼は、福岡楼、新笹楼、相模楼、旭楼、東楼、平田楼、京友楼、金鱗楼、蛭子楼、第一松栄楼、第二松栄楼の11軒で、娼妓は130人が在住していました。*1


震災遭難者供養碑の裏側には、「平塚貸座敷組合一同」と刻まれています。

 

【参考文献】
*1 今泉義廣:平塚花まち色まち物語(湘泉堂,2007)P. 104-P.105

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