塩尻(桑の湯)和風の佇まい

塩尻市街の大門一番町。広い通りに面して銭湯の看板があります。

普通の和風の民家の建物と間違えてしまいそうな佇まい。

側面から見ると銭湯らしい建物です。

裏側から見ると、工場の建物のようにも見えます。

塩尻(名画東座)2号館は成人向け

塩尻市大門四番町にある映画館の東座。

映画館は、1号館と2号館に分かれています。

2号館は、成人向け映画館です。

2号館の入口の手前は、看板でふさがれていて、入口が見えないようになっています。

塩尻(塩尻遊廓跡地)八重垣町

今回は、塩尻(長野県塩尻市)の町並みと風俗を散歩します。
中山道の要衝だったころの塩尻には、公許された遊女・飯盛女が230人もいて繁華し、旅人の旅情をなぐさめたと伝えられています。明治になって廃止となり、残った遊廓は一時松本の横田遊廓へ進出しましたが、その後許可されて塩尻の阿礼神社の隣接地八重垣町の六戸で開業しました。*1
大正15年の塩尻村の市街図*2 には、阿礼神社近くの中山道を北に入ったところに、遊廓の場所が記されています。

塩尻遊廓があったと思われるあたり。右側に大和楼、三喜楼、信陽楼、左側に弥生楼、壽楼、潮尾楼、三盛楼がありました。*2

現在は、平凡な住宅街になっています。

写真奥の森は、阿礼神社です。

【参考文献】
*1 郷土出版:思い出のアルバム塩尻(郷土出版,1980)P.40
*2 東京交通社:大日本職業別明細図(東京交通社,1937)「塩尻村」

長野(亀の湯)入口に狛犬

長野市諏訪町にある「亀の湯」。入口には1対の狛犬が置かれています。

白壁の木造建築の銭湯です。

古風な洋館を思わせる建物です。

脱衣場の男女の境界には、欄間の意匠が見られます。

長野(権堂町のホテル)サンゴ礁

権堂町の繁華街の路地。ホテルの裏口を示す看板があります。

表通りへ回っていると、青色のタイルに彩られたホテルが現れます。

現在は休業中のようです。

「サンゴ礁」の看板。

長野(田面稲荷神社)権堂遊廓の芸妓衆の信仰を集めていました。

善光寺の近く、鶴賀田町に田面稲荷神社があります。
往時隆盛であった権堂遊廓の芸妓衆の信仰心に支えられ、 心願が叶う(願いが叶う)と鐘鋳(かねい)の叶うと同音であることから、「願が通ずる」と信じられ、 信仰を集めてきました。(案内板より)。

境内の奥まったところにある常夜燈。

「長野遊廓貸座敷中」。権堂遊廓の関係者が寄進したもののようです。

玉垣には、「長野料芸組合」「長野芸妓下宿組合」の名があります。

長野(三浦屋寄進の燈籠)遊女「高尾太夫」の供養塔

今回は、長野(長野県長野市)の町並みと風俗を散歩します。

善光寺本堂の左側を進んだ突当りの位置に、吉原の遊女「高尾太夫」の供養塔があります。

高尾大夫常夜灯。江戸吉原の三浦屋が奉納したものです。

銘文は、「浄誉林清善女 光誉道恵覚位 願主 三浦屋四朗左衛門 武州江戸浅草」。善女(ぜんにょ)とは、遊女だけに付けられた法名で、境内で善女という銘文は、この燈籠だけです。*1

【参考文献】
*1 徳竹康彰:江戸から見た信濃(柏企画,2005)P.146-P.154

上田(花やしき通り)上田映劇

上田市中央2丁目。上田の繁華街です。ここに「花やしき通り」と書かれたゲートがあります。ストリップ劇場併設の映画館でしょうか。

「あさくさ雷門ホール」。まるで、昭和の頃の浅草にタイムスリップしたようです。

建物の入口には「上田映劇」と書かれています。

実は、2014年の映画「青天の霹靂」の上田ロケの際、上田映劇通りに作られたオープンセットが現在もそのまま残されているものでした。

上田(飯島商店)上田城の南櫓と北櫓を買い戻して元の位置に戻す運動

駅前の商店街に、上田城の櫓の買戻しに貢献した飯島新三郎の案内板があります。

飯島新三郎は、「みすゞ飴」の創業者で、上田城保存会の副会長でもあり、当時遊郭に転売されていた上田城の南櫓と北櫓を買い戻して元の位置に戻す運動(上田城址保存会)の中心人物でした。*1*2

上田城北櫓の再建の様子。

現在の「みすゞ飴本舗」

【参考文献】
*1 上田市立博物館:郷土の歴史 上田城(上田市立博物館,1988)P.80
【参考URL】
*2 飯島商店:ホームページ 会社概要

上田(上田城の櫓)遊廓へ移築→上田城へ再移築

上田城本丸の南櫓と北櫓は、長野県内では数少ない江戸時代初期の城郭建築の貴重な遺構として、昭和34年に長野県宝に指定されましたが、明治維新後から今日に至るまでの変遷は、波乱に富んだものでした。

廃藩後、明治新政府は上田城を接収、土地や建物を民間に払い下げとした結果、建物のうち、2基の櫓(やぐら)は、上田遊廓の金州楼と万富楼の建物として移築されました。上田遊廓に売られた2棟の櫓は、昭和4・5年頃まで妓楼としての営業を続けた後、廃業しました。現在、本丸入口の左右に並んで立っている2基の櫓(南・北櫓)は昭和戦中から戦後にかけて、遊廓から上田城へ再移築したものです。*1

櫓の内部は見学できるようになっています。

南櫓の梁の下側には、遊廓の建物であったときの痕跡が残っています。

遊廓時代の鴨居あるいは敷居の溝の痕跡。
【参考文献】
*1 上田市立博物館:郷土の歴史 上田城(上田市立博物館,1988)P.77-P.82

上田(上田遊廓跡地)新地

今回は、上田(長野県上田市)の町並みと風俗を散歩します。
明治時代、上田地方の蚕糸業、製糸業、養蚕業の発展は、上田町に活気をもたらし、これら産業界の発展の中で、花柳界が盛況となり、上田町の芸妓は、明治30年頃には、100名を越し、丸堀、連歌町、下道などに芸妓置屋が広まっていました。明治11年、政府の政策もあって上田遊廓が上田町の郊外の常磐城地籍(新地)につくられました。遊廓は、ほぼ正方形の区画をしていて、遊廓内は、大通りと小路からなり、芸妓・娼妓がいる貸座敷楼を中心に、料理屋、菓子屋、人力車屋が周りにありました。*1

明治35年の「上田遊廓地図」*1 に記載されている「琴平神社」が現存します。

「琴平神社」前の大通り。「上田遊廓地図」によると、道の左側には、雑貨商の滝川、奥村、寺島、貸座敷の第二喜多川楼、新中村楼、右側には、料理屋の新月亭、貸座敷の葛城楼、大中村楼がありました。*1

「新地」と書かれた電柱番号札。

【参考文献】
*1 尾崎行也,佐々木清司:上田歴史地図(郷土出版社,1983)P.58-P.59,P.64-P.65,P.93

佐久(ウルトラマン像)等身大ヒーロー

JR長野新幹線佐久平駅に併設された「プラザ佐久」。ここに、ウルトラマンの等身大の像がが設置されています。

ウルトラマンジャック(帰ってきたウルトラマン)と思われる等身大の像。

右足のひざの部分には、何かの取り出し口のような穴があいています。

左足には、コインを入れる箱。ヒーローの等身大ガチャポン でしょうか。

佐久(銭湯)券売機

鼻顔神社近くの稲荷橋へ向かう途中にある銭湯の建物。

現在は、休業中のようです。

油田型の煙突。

正面入口の中央部分には、券売機が設置されています。町営の銭湯だったのでしょうか。

佐久(牛乳箱)叶牛乳

岩村田の中心街の旧柳街あたり。昔の建物が残っている場所です。

叶牛乳の木製牛乳箱がありました。

木製の板壁に、木製の牛乳箱。

別の牛乳箱。こちらの箱の側面には、ホモ牛乳と書かれています。