*吉田容子: 都市地理学vol.10 (日本都市地理学会,2015)P.61-P.76 敗戦後長崎県佐世保市の歓楽街形成史-遊興空間をめぐる各主体の関係性に着目して

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1954年の2月~3月頃、貸席はどこに存在していたのか。住宅地図で「〇〇ハウス」とある標記を外国人相手の貸席(ハウス)は、おもに高天原から祇園町にかけて分布しており、白百合会組合事務所も置かれていた。ここで、当時の労働省婦人少年局(1955)の資料を参照したい。この資料は、終戦直後につくられた日本の各都市の集娼地域を調査し地図化したものである。都市の特徴的な施設配置や土地利用等から、佐世保に該当する地図を特定できた。この地図に「娼家(ホテル)」として記載されたものが、外国人相手の貸席に相当すると考えられる。