草の根サークル: いなみ地名の由来と伝説 (井波町教育委員会,1996)

P.92-P.93
堀道(ほりみち)
明治32年、芸娼妓、貸座敷免許地として山見釜土の一部(現堀道地内)が指定され、井波、北川、藤橋、山見に散在していた料理屋、貸座敷業者がこの地に集まり、以後、免許地遊廓として栄えた。
明治3年には、旅人宿12軒、飯盛旅籠と呼ばれる料理屋は6軒あった。明治9年には、料理屋、貸座敷業者数は山見の7軒に、井波、藤橋、北川を合わせると15軒、芸妓の数は許可された者だけでも11人となっている(井波町史)。
堀道の名の由来は、昔、「堀道屋」という料理屋があったからという程度で定かではないが、字釜土の東端(現バス駐車場から南の一画)で、瑞泉寺の間近でありながら、三日町の山の下、本通り裏、山見通りからも入り込んだ区画に、堀の道のイメージがないでもない。