上村敏彦: *花街・色街・艶な街 色街編 (街と暮らし社,2008)

P.37-P.39 品川三業地の開設 明治中頃から、街道に面して妓楼が並ぶ品川は風紀上の問題もあり、移転先が検討されていた。三業地の許可を得て集団で移転したのは昭和7年のことで、品川海岸三業株式会社を設立しし、見番(組合事務所)を天王洲運河に面した一画(現在の東品川1-1、メイツ品川辺り)に構えた。また、それまで旧本陣跡(聖蹟公園)にあって娼妓の花柳病を検査する品川病院もこの南隣に移転した。

P.100 城東三業組合事務所(見番)があった建物。現在は、亀戸三丁目自治会館として使われている。

P.123 昭和23年当時の立川市の地図(観光の日本社発行)。2ヶ所の指定地がわかる。

P.120-P.121 戦後の混乱期がやや落ち着き始めた昭和24年(1949年)、中町二丁目の一画に八軒の木造の家が建った。 建物を買受けた業者は、江東区の洲崎や新宿、多摩地区の八王子等で、特飲街の商売をしていた連中で、例のごとく喫茶店と称して食品衛生法の許可を受けた。どの家にも5、6人の女性が住み込んだ。 八丁通りの二階家が見番で、南側の路地に「松月」「ぼたん」「ひばり」「花月」「末広」「ふたば」などの店があった。 P.122 写真:かつては八丁特飲街として賑わった飲み屋街(中町一丁目)