井波町商工会誌編集委員会: 井波の商と工・その軌跡 (井波町商工会,1991)

P.127-P.128
盛況を極めた井波遊廓-井波芸者の風格

井波ホテルから出火して劇場八乙女座が類焼したのは、昭和11年4月のことであった。翌年6月には、その跡地に町の有志の出資で歌舞伎座風の井波劇場(現井波郵便局位置)が新築され、こけら落としの日本舞踊の大会が開かれた。この日本舞踊大会には、井波芸者35名も出演して好評を博した。また、昭和15年の長唄披露演奏会では、井波芸者が50余名も出演したという。その中には家元で修行した名取芸者も何名もいた。井波芸者の風格とそれを支えた町の旦那衆があった。いわば、それは井波遊廓が全盛の頃でもあった。
昭和19年5月13日に山田屋から出火。幸い類焼を免れた料理屋には、勝玉、大正楼、安清楼、都楼、千歳楼、北正、吉田家、稲荷亭、納村家、金中、みよしや、小沢、かし葉があった。合計20軒を数える料理屋が堀道に軒を並べていたのであった。この地域は町の社交場としての役割を果たし、宴会や種々の会合でホステス役を務めた風格ある井波芸者たちも、また、大きな役割を果たしていた。